鈴なり星

平安古典文学の現代語訳&枕草子二次創作小説のサイト

2023-03-01から1ヶ月間の記事一覧

狭衣物語24・後ろ髪を引かれる思いで粉河寺を離れ

深山に閉ざされた粉河寺の冬は寂しい。夜の間に固く冷たく降りた霜氷は歩み難く、神さびた苔に覆われた木々は魔性の物を宿らせているようで、その奥へと続く森の中へ狭衣を誘っている。誰に見られることなく枝葉を落とし、すっかり枯れ切ってしまった木々が…

仮面の女 その3

「とにかく、周防命婦に借金をしていた女官たちを挙げるのが先だな」公任がため息とともにつぶやく。「特に、まだ借金したまま返済していない女官を見つけないとね。これはなかなか口を割らないだろうなあ」金の弱みを握られた者同士の結束力は固い。口裏を…

仮面の女 その2

「もし他殺で、犯人が公卿なら、黙殺するかどうかを大臣殿と相談して決める」「冷たい奴だ。おまえは昔からそういう男だよ」「騒ぎ立てても詮ないことだろう。かえって馬鹿をみる。周防守もはらわたが煮えくり返る思いだろうが、そのへんはよくわきまえてい…

仮面の女 その1

斉信の屋敷で碁を打っていた公任のもとに検非違使佐(すけ)がやってきたのは、夜も更けた亥の刻だった。緊急の知らせとて、本来ならば、次官である佐が、そのまま検非違使別当・公任を伴って検非違使庁へ戻るのだが、斉信がヒマを持て余していたため、「佐…

小夜衣30・小夜衣の姫、幽閉される

さて、親しい方々が茫然自失で心配する中、かんじんの対の御方は捕らわれたままです。どこともわからぬ殺風景な部屋に閉じ込められてから、もう何日も経ってしまいました。尼君がどんなに心配しているか…これから私たちはどんなひどい目に遭わされるの…と考…

無名草子6・さまざまな王朝物語の批評2

右近では『心高き東宮の宣旨』、先ほどもチラッと出た『朝倉』『岩うつ浪』の批評をお聞きしたいわ。 老尼『心高き東宮の宣旨』…理想の高い東宮の宣旨の、夢いったん叶ったのち破れるという話ですね。今ではすっかり古めかしい筋立ての類になってしまいまし…

無名草子5・さまざまな王朝物語の批評1

老尼『夜半の寝覚』…とりたてて感慨深いという点もなく、さしてすばらしいと言うべきところもありませんが、物語の最初からひたすらに女主人公一人の事を書き、他を取り上げようとせず情緒深く心を込めて作り上げようとする作家の心意気が感じられ、しみじみ…

大嘘今昔物語 その3

月明かりに慣れた目に、田舎風に小柴垣をめぐらした前栽が、ぼんやりと見える。風が涼しく吹き、泉水の水音が心地よい。この屋敷が完成する頃には、虫の声も草むらに響き渡り、蛍も宵闇に濃く淡く光を放ちながら飛びめぐることだろう。池の水際の夜景もまこ…

大嘘今昔物語 その2

「…流れが止まった水は、行き場のない負の魔力がよどむっていうからな。悪さをしないとはいえ、斉信、用心に越したことはないぞ」子の刻(午前0時頃)少し前、二人を乗せた牛車は、十七夜の月に照らされた五条高倉のあたりをゆっくり歩いていた。やがて、件…

大嘘今昔物語 その1

(今昔物語巻二十七 :水の精、人の形になりて捕われし話より)「おお中将殿。前越前守の屋敷に、女のあやかしが出る話はもう聞きましか?」「女のあやかし?」辰の一刻(午前七時)、内裏の宿直所(とのいどころ)に出向いた斉信の、これが開口一番の言葉だ…

第二回直撃レポートin六波羅蜜寺

『勅なれば いとも畏し』とはよくいったものだ。私は今、内裏の南、鴨川と鳥辺野にはさまれた六波羅蜜寺の前にいる。今日はこの寺に用があるわけだが…いや、仕事だ。いらぬ邪念は捨てなければ。神聖な寺での邪念は無用。多少足が震えている気もするが、さっ…

狭衣物語23・狭衣、粉河寺での運命の出会い

この憂き世をただただ目的もなく生きている…そんな自分がみじめで、少しでも人生の道しるべを見つけようと、狭衣はある日、高野山にお参りしようと思い立った。ごく親しい人にこっそりと御供を頼み、参拝する寺に献上する法衣・袈裟などの法服をたくさん用意…

小夜衣29・悲しみの衝撃、走る

泣き疲れ、少し落ち着いたころ、乳母がふっと思いつきました。「もしかすると、東雲の宮さまのしわざでは?宮さまと姫さまは、内裏では一度も対面する機会がなかったはずでございます。逢いたい逢いたいと思い詰められた宮さまが、姫をさらってどこかへ隠し…

古今著聞集・興言利口14 565~571段

565段 橘蔵人大夫有季入道の青侍、不運の事 蔵人大夫の橘有季という入道のところに年配の青侍がいた。何事もツイてない、気の毒な人生を過ごしてきた彼だった。ある飢饉の年、彼は3日間食べ物にありつけず、それこそ命も危ないという時、主人の大夫が所有す…

古今著聞集・興言利口13 559~564段

559段 孝道入道が隣家の僧越前房を批判した事 孝道入道が仁和寺の自分の僧房で知人と双六を打っていると、隣の部屋の越前房という僧がやって来て見物し、いちいち口をはさんで邪魔をする。入道は腹の中で憎たらしく思いながらも我慢して双六を続けていた。そ…

狭衣物語22・妻選びにうんざり

そんな迷いもあって、何日経っても出家のふんぎりがつかず、ぐずぐずと心沈んだ日々を過ごす狭衣だったが、源氏の宮がかつて住んでいた対の屋を眺めれば涙があふれ、まるで亡き人を恋うる思いである。宮中に出仕する気になどとてもなれない。新斎院(源氏の…

小夜衣28・小夜衣の姫の失踪

さて、こちらは後宮の対の御方の局です。少納言の乳母(対の御方の乳母)は、自分の娘(小侍従)を御方に付き添わせ、自分は後宮に残ったのですが、尼君が危篤と聞いて一晩中まんじりともせず、夜が明けるのが早いか、胸のつぶれる思いで大急ぎで山里の家へ…

小夜衣27・今北の方の罠

今北の方とその乳母子の民部少輔夫妻が対面したその夜、内裏近くに目立たないようにしつらえた車が停まりました。中から女が出てきて、対の御方の局へと忍んで行きました。「大変なことになりました。山里の尼君さまの病状が悪化し、胸をおさえてたいそうお…

小夜衣26・今上、小夜衣に迫りまくる

対の御方に逢えない寂しさに耐えかねて、わざわざ御方の局に出向いた今上。その今上の目に飛び込んできたのは、つややかな紅梅襲の小袿に梅の唐衣と、華やかさが匂いたつような着物に身を包んだ対の御方でした。こんなにも美しく着こなしているのに、全く自…

狭衣物語21・源氏の宮、堀川邸を巣立つ

三月になった。入内の準備とうってかわって、今度は初斎院に入る準備に忙殺される堀川家である。源氏の宮の入内を長年思い定めていた大殿であったが、この意外な変更に機嫌は良くない。堀川上は、自分がかつて斎宮になった時のことを思い出し、付き添いとは…

狭衣物語20・源氏の宮の入内の行方は

大嘗会の女御代に選定された後そのまま入内…そんな話を聞くにつけ、狭衣はいよいよ絶望的な気持になり、ああもう本当に今度こそ出家の志を遂げてこの世の憂さから解放されたいものだ、だが積年のくすぶり続けた想いをどうしてくれよう、いっそのこと契りを結…

狭衣物語19・今上の譲位、そして出家

夏になって、帝はご気分がすぐれない日が続いて病がちになった。譲位をほのめかすようになり、退位後は出家して、嵯峨の小倉山のふもとに造営しておかれた御堂にて静かに勤行したいものだと思われる。次代の東宮になるべき一の宮(坊門上と堀川大殿の娘であ…

それぞれの矛盾Part3

行成は立ち上がり、斉信の横に座り直した。「斉信。悩んでいないで打ち明けてみませんか。きっと大丈夫。結果、自分は何を恐れていたんだろうかと馬鹿馬鹿しくなりますよ」「取り返しのつかなくなる場合だってあるよ」「では思い切って、一度壊してみてはど…

それぞれの矛盾Part2

「最初はね、よく似ている人を好きになればきっと忘れられると思ったんだ。顔立ちの似ている人、心ばえの似ている人…違う、と感じたらすぐに乗り換えた。でもね、とてもよく似ていても、一部分でも違う面を見てしまえば、たちまち醒めてしまう。それでね、今…

それぞれの矛盾 その2

「やあ行成。ひ・さ・し・ぶ・りっ」先触れがあってしばらくしてから斉信が几帳の向こうから顔をのぞかせた。斉信が我が家に来るのは久しぶりのことだ。「ひさしぶり…って毎日宮中で一緒じゃないですか」「君ん家に遊びに来たのが、だよ。といっても20日ぶり…

それぞれの矛盾 その1

行成だ。あいも変わらず忙しい毎日だが、諸用に振り回され己を磨く時間もないなどとほざくようでは、一人前の貴族は勤まらない。自分のことを無能とは思わないが、努力を怠るようであれば、すぐに足元をすくわれ、信頼を失うのは想像に難くない。ハイソサエ…

僕が左遷された理由(わけ) その3

狼藉をはたらいた本人は、自邸から逃亡する気はさらさら無いが、あらゆる出入り口は検非違使庁の派遣した武士たちに囲まれた。数刻後、闇にまぎれてもう一人の蔵人頭が馬を飛ばしてやってきて、武士たちの間をすりぬけて、屋敷の中へ入っていった。「斉信殿…

僕が左遷された理由(わけ) その2

「だんなさま!大変でございます。頭中将さまが、血相変えてこちらに向かってきております。…ああっ来られました。先触れに中将さまが追いついてしまわれて」女房がこけつまろびつ大あわてで俊賢に取り次いだ。ここは源俊賢の屋敷。今夜は特に予定も入ってい…

僕が左遷された理由(わけ) その1

藤原行成の蔵人頭としての評価は、公卿たちの間では大変高い。精励を極めた勤務ぶり、事務処理の要領のよさ。清廉潔白な人柄は、常にひかえめな黒子役に徹する態度から押し測れようというもの。就任当時、『地下人が、どのようなコネを利用して俊賢殿にとり…

思考青年 その2

爽やかな若草の香りがする。雨がやんだのかな。あれ?私は寝てたのか。たしか行成が調査報告書のことで来てたよな。斉信はしょぼくれた目をこすって壺庭を見ると、やはり相変わらず雨は降り続けている。「私は寝てたのか。…なんだい?それ」床の上に折敷が置…