鈴なり星

平安古典文学の現代語訳&枕草子二次創作小説のサイト

平安創作小説

三途の守、清涼殿の落雷被害者を乗せる

俺さまの名前は黄泉の国三途の守。さまよえる亡者をあの世の入り口に引き渡すのが仕事だ。三途の川辺で舟の手入れをしていると、彼方からトボトボと四人の男がやってきた。俺は本日の乗船予定欄に目をやる。「藤原清貫(きよつら)さんと、平希世(たいらの…

仮面

面をつけて顔を隠した瞬間、新しい人格が生まれる…ということは本当にあるのかもしれない。先ほどまで陽気な笑顔で軽口を叩いていた斉信は、眼光鋭く鼻の高い異国風の面で顔を覆った瞬間から、おのが日常性を消し、別の人格を浮き上がらせた。超自然的な容貌…

空の贈り物 その3

「…やはりタチの悪いタヌキかイタチが化けたのでは」安堵しているのか不安なのかよくわからない声で則光が言います。「ははは。それならそれでもかまわないさ。とにかく花びらのような雪を約束してくれたのだから。さて、ずいぶん道草を喰ってしまった。山の…

空の贈り物 その2

「おかしいですね、道を間違えたのでしょうか。僧庵に行く途中にこんな泉があるなんて、聞いたことがありません」泉の水面には氷が張っていて、一箇所だけ氷にヒビが入っています。どうやら斉信のムチは、泉の底に沈んでしまったようでした。「おや?見たま…

空の贈り物 その1

今は昔、一条天皇の御世にイケメン蔵人頭がおりました。帝の信任も篤い彼の名は藤原斉信。今日は帝の御使いで、比叡山のえらいお坊さまの所までお出かけです。帝の持病である神経性胃炎がひどくなったため、ここのえらいお坊さまに祈祷を頼みに来たのです。…

箱の中身 その2

次の日の早朝。「こんなところに汚らしい沓が置き捨ててあるわ!一体誰なの、こんなひどいことなさるのは!」ひとりの女官がけたたましく騒ぎ立てている。小兵衛の君だ。食事の準備が整った御膳を置いてある棚に、箱が一つあるのを一番に見つけた彼女は、中…

箱の中身 その1

方弘は汚い沓を入れた箱を抱えていた。「おい方弘、もっと大事に扱えよ…大事な贈り物なんだから。まったくおまえはがさつだな」「わかってるって、心配するなっつーの」信経と方弘は後涼殿へ向かって、南廂を歩いている。事の発端は殿上の間での方弘のためい…

医師・和気重秀の水飯ダイエット指南

大宮人の日々の健康を長い間見守り続けていますが、記憶に残るほどの大食漢と言えば、そう、忘れようにも忘れられない大飯喰らいの三条中納言朝成卿がおられました。つい先日、五十八才で亡くなられましたが、まさか怨死だとは。あの方は絶対に心臓の病か消…

第四回直撃レポートin後涼殿 その3

――真冬にひすまし女が増員されるのは、全女官のトイレの回数が増えるからなのですか。 「屋外トイレじゃなくて、ほーんとによかったですわ。室内のすみっこにある『おまる』で十分。寒風吹きすさぶ中でしゃがみこむなんて、痔になってしまいますものね」 ――…

第四回直撃レポートin後涼殿 その2

――女官の勤務状況はどうですか。何かご不満とかは。 「いいえ特には。一応建て前上は365日連続勤務となっていますが、交替勤務制なので非番の日があってきちんとお休みをいただけます。それは殿方も同じですわね。あと他に、女には『一週間の生理休暇』が非…

第四回直撃レポートin後涼殿 その1

行成だ。先ほどまで私は、寒風吹き込む左近の陣に詰めている武官たちと、火鉢にあたりながら世間話をしていたのだが…本音を言えば、もっともっとぐだぐだと皆にすがるように長話をしていたかった。これからしなければならない仕事のことを考えると…やはりキ…

源氏物語の女房たちの主従関係3・浮舟の女房侍従の君のつぶやき

高貴な御方々に『おしどり夫婦』がどれくらいおられるのか私には見当もつきませんが、あの匂宮さまと中の君さまは互いに愛し愛され、まことに仲の良い御夫婦だとの評判でございます。もっとも、背の君の愛情が過剰すぎるからでしょうか、有り余るなさけ心を…

陽炎

地熱にじわじわ暖められた空気で孟宗竹が揺らめいて見える。ようやく立秋を越えたというのに、まだまだ夏真っ盛りの大暑のような厳しい暑さが続いていた。西に傾き始めた陽は熱く赤く焦れ、熱でよどんだ空気はピクリとも動かない。「暑い…」陽をまともに受け…

三途の守は見た

俺さまの名前は黄泉の国三途の守。先ほど特別貸切で、たった一名を渡し終えたばかりだ。その名は藤原道長。生前、最高権力者だった御仁らしいが、貸切になったのは、他の亡者たちが同船するのをメチャクチャ渋ったためだ。最高権力者だったとはいえ、船は別…

振り返れば奴がいる? その3 まじないの結末は…

月明かりに照らされながら、斉信が何かに耐えるようにじっと立ち尽くしている…そんなふうに行成には見えた。気付かれないように、かなり離れたところで見守っているのだが、心配で心配でたまらない。流言飛語やまじないなど信じるつもりも無いが、斉信は深刻…

振り返れば奴がいる? その2 心配のあまり斉信を尾行する行成

(しかし、聞いたその晩に実行するとは思いもしなかったぞ)今、行成は暗闇を歩く斉信のかなり後ろを歩いている。要するに、あとをつけているのだ。あのあと、行成は屋敷に戻るなり舎人(とねり)に言いつけて、斉信の屋敷を見張らせていた。亥の刻(午後十…

振り返れば奴がいる? その1 怪しげなまじないの噂を聞いた斉信

『…未来の夫が知りたいならば、夜中に麻(アサ)の実をまきながら廃寺の周囲を回ればよい。”私はアサの種をまいた、アサの種を私はまいた、私をもっとも愛する人は、私を追いかけてきて刈り取れ!”と叫び、おそるおそる背後を振り向くと、幻の夫が現われ、足…

源氏物語の女房たちの主従関係2・女三の宮女房小侍従の君のつぶやき

その昔ならば、常に格式高く上品に、そして重々しくふるまうのが高貴な女人の責務だと言われてまいりました。それなのに、私のお仕えするご主人さまときたら。あ、申し遅れました。私、女三の宮付きの女房で、小侍従と申します。宮さまの乳姉妹でございまし…

胃も痛くなる一条天皇のつぶやき

朕はここの所みぞおちがシクシク痛んでしかたない。でも誰にも言う事は出来ない。なぜなら、一言でもつぶやくと痛みの原因なる人物たちが必ず飛んでくるからだ。そう、「たち」というからには複数。しかも三人。その中にはわが母君もいらっしゃる。母君たち…

源氏物語の女房たちの主従関係1・末摘花女房侍従の君のつぶやき

■末摘花女房・侍従の君のつぶやき私、末摘花さまにお仕えしていた女房で、侍従と申します。お仕えしていた、と過去形になっているのは、姫さまの叔母さま一家が筑紫へ赴任する事になり、「お手当てとってもはずむから」とのお誘いをいただきまして。ええ、乳…

第三回直撃レポートin典薬寮

私の名前は藤原斉信。私は今、広大な大内裏の西側、典薬寮の門の前にいる。普段の私は、ここにそれほど用事はないのだが、さる高貴な血筋の御方からの命により、典薬頭にインタビューをしにきたのだ。さる高貴な血筋の御方からの拝命も、これで三回目。今回…

未来予想図 その2

「ごり押しにもほどってものがあるだろう」帰る道すがら、斉信は憮然とした面持ちでひとりごちた。『わしの病が回復するまでの間、息子の伊周に文書の内覧をお許しいただきたい。あれももう内大臣として一人前になったと思う。公卿への根回しはまだしておら…

未来予想図 その1

柔らかな早春の日差しが都大路にそそぐ二月の終わり、斉信は関白道隆の住む二条邸へ向かっていた。表向きの用事はまったくたいしたことのないものだ。故父為光が祖父師輔からいただいた銀の薫物筥(たきものばこ)を一揃え、お見舞いがてら関白にお譲りする…

仮面の女 その3

「とにかく、周防命婦に借金をしていた女官たちを挙げるのが先だな」公任がため息とともにつぶやく。「特に、まだ借金したまま返済していない女官を見つけないとね。これはなかなか口を割らないだろうなあ」金の弱みを握られた者同士の結束力は固い。口裏を…

仮面の女 その2

「もし他殺で、犯人が公卿なら、黙殺するかどうかを大臣殿と相談して決める」「冷たい奴だ。おまえは昔からそういう男だよ」「騒ぎ立てても詮ないことだろう。かえって馬鹿をみる。周防守もはらわたが煮えくり返る思いだろうが、そのへんはよくわきまえてい…

仮面の女 その1

斉信の屋敷で碁を打っていた公任のもとに検非違使佐(すけ)がやってきたのは、夜も更けた亥の刻だった。緊急の知らせとて、本来ならば、次官である佐が、そのまま検非違使別当・公任を伴って検非違使庁へ戻るのだが、斉信がヒマを持て余していたため、「佐…

大嘘今昔物語 その3

月明かりに慣れた目に、田舎風に小柴垣をめぐらした前栽が、ぼんやりと見える。風が涼しく吹き、泉水の水音が心地よい。この屋敷が完成する頃には、虫の声も草むらに響き渡り、蛍も宵闇に濃く淡く光を放ちながら飛びめぐることだろう。池の水際の夜景もまこ…

大嘘今昔物語 その2

「…流れが止まった水は、行き場のない負の魔力がよどむっていうからな。悪さをしないとはいえ、斉信、用心に越したことはないぞ」子の刻(午前0時頃)少し前、二人を乗せた牛車は、十七夜の月に照らされた五条高倉のあたりをゆっくり歩いていた。やがて、件…

大嘘今昔物語 その1

(今昔物語巻二十七 :水の精、人の形になりて捕われし話より)「おお中将殿。前越前守の屋敷に、女のあやかしが出る話はもう聞きましか?」「女のあやかし?」辰の一刻(午前七時)、内裏の宿直所(とのいどころ)に出向いた斉信の、これが開口一番の言葉だ…

第二回直撃レポートin六波羅蜜寺

『勅なれば いとも畏し』とはよくいったものだ。私は今、内裏の南、鴨川と鳥辺野にはさまれた六波羅蜜寺の前にいる。今日はこの寺に用があるわけだが…いや、仕事だ。いらぬ邪念は捨てなければ。神聖な寺での邪念は無用。多少足が震えている気もするが、さっ…