鈴なり星

平安古典文学の現代語訳&枕草子二次創作小説のサイト

それぞれの矛盾 その1

 

 

行成だ。
あいも変わらず忙しい毎日だが、諸用に振り回され己を磨く時間もないなどとほざくようでは、一人前の貴族は勤まらない。自分のことを無能とは思わないが、努力を怠るようであれば、すぐに足元をすくわれ、信頼を失うのは想像に難くない。ハイソサエティで生き抜くためには、慢心せず、うわさ話に割り込まず(耳だけ立てろ)、面会を怠らず、借りたものははよ返せ、と師輔殿も御遺誡に書いている。多少息苦しい気もするが、まったくそのとおりだ。書に親しみ知識を蓄積し、信心の心を忘れず、日々精進することで、自分を引き立てて下さった俊賢様へのご恩返しにもなり、ひいては後世に名を残せる希望も持てるだろう。
私は常にこのようなことを心がけている。まあ、宮中の女官や女房にはやや打ち解けにくい人物と思われているようだが、…侮られるよりはずっとマシだな。


このように、身辺を清潔にして日々仕事をこなしている私だが。
もうひとりの蔵人頭…相棒といっても過言ではない人物は、すすんで潔癖さを求めてはいないようだ。だからといってドス黒い生活に浸っているわけではない。有職故実への明るさは他の殿上人に比べて抜きん出ているし、どたん場の状況判断もマネできないものを持っている。節会公事の際の押し出しは華やかで目立つこと宮中一だ。文句のつけようのない人物だが、私の目から見れば多少…イヤ、相当女人と関係を持っているように見える。
『~ように見える』だけならいいのだが。水面下での動きは以前から有名で、みめよい女房が出仕したとの噂をどこからか聞きつけては、うまいぐあいに対面の機会を持って自分をアピールし、良い印象をもってもらうことの努力を怠らない。
とにかくマメな男だ。あのマメぶりには本当に頭が下がる。『千のほめ言葉を持つ男』という異名は、あながちおおげさではないようだ。


その斉信が、最近荒れた生活を送っているらしいと気がついたのは、何がきっかけだったろうか。
そっち方面の数をそれほどこなしてない私でさえも、はっきりとわかるくらい、乱れた夜の生活を送るようになった。毎夜、後宮女房のどこかの局に入り浸っていると思ったら、某宮家の上臈女房のもとに出没。しばらくそれが続いて今度は某大納言の上臈女房に通いだしたりする。とにかく『空き』がない。しかし狙いどころは見事で、いずれの通い所も才色兼備でプライドの高い女房ばかり。後腐れなくつきあっているようだし、二股はかけてないようだし、職務には差し障りなくきちんとこなしているので、こちらとしてもまあまあ安心していられたのだが。
ある日「鴨川の遊び女の小屋から出てきた頭の中将を見た」と、同僚から聞いた。それから、うらさびれた西ノ京のあたりを、徒歩で動き回る斎信を目撃したうわさや、某大納言の下臈女房のところにお泊りした話(ザコ寝の相部屋だ!)などが、次々と私の耳に入るようになった。
斉信。さすがに下臈女房はマズいだろう。頭の中将が相部屋住みの下級女房に手を出したとあっては、そこの屋敷の上臈女房の怒りを買っていじめられるに決まっている。かわいそうにその下働きの女房、いたたまれなくなって実家に帰ったきり屋敷に戻ってこないそうじゃないか。しかももう飽きたのか、一度も訪ねて行ってないって…。

「漁っている」という言葉が、今の斉信には本当によく似合う。もちろんホメ言葉ではない。一体彼に何があったのか。普段の彼とはまるで違う手当たり次第な色好みぶりを、不審に思っている同僚も何人かいるようだが、直接本人に問いただした者はいないらしい。
私自身も一度も斉信を問いつめてはいないし、斉信の方からもこの話について何も打ち明けられた事はない。


斉信に、女の事で何かがあったんじゃないか。
なんでもないのに、急に女漁りに目の色をかえるとは考えにくい。
プライベートなことに口出ししても、彼の事だ、うまいぐあいにかわされるに決まっている。せっぱつまってきたなら、そのうち彼の方から言ってくるかもしれない。公私にきっちりけじめをつけている以上、こちらから切り出すというのも失礼な話だ。
宮中で、自分の傍らにいる斉信には何の変化もみられない。陽気に話す笑顔も優雅なしぐさもいつものそれだ。私の耳にまで醜聞めいたものが届いていることを、彼は知っているのだろうか。


ついにある日、斉信が公の場でこっぴどくふられた。
後宮の女御サロンに殿上人が何人か詰めていて、女房たちと談笑していた時の事。
何かの話から、小野小町に入れ込んだ深草少将の百夜通いの話に発展した。「男の情熱を数字で試すとは」など結構盛り上がっていたらしいのだが、女房の一人が突然、
「そちらに端然と座っておられる頭の中将さまは、百夜通わせようとした小野小町のお話をどのように思っておられますか?『ひとりの女に続けて百夜など、愚かなこと』と深草少将を蔑んでいるのでしょうね。あなたさまなら『毎夜違う女を百人斬り』できますもの。
このわたくしを、何番目に斬るおつもりなのでしょうか」
とするどい声でいい放ったそうだ。実際その上臈女房を数日前からくどいていたのだが、聡い女房は斉信のこのところの乱行ぶりを知っていて、衆人の面前で斉信を拒絶したのだ。彼女の女房仲間がちょっと前に斉信に食われて捨てられており、復讐も兼ねて恥をかかせた、というところか。
緑薫る風が心地よかった廂の間が、一気に暗く冷たい北風が吹き込んだようになった。自分の評判を犠牲にして、公衆の面前で斉信にヒジ鉄をくらわせた女房は、そのまま出て行ってしまい、斉信はといえば、終始無言でその女房を見つめていたらしい。
すっかり座がしらけてしまい、というよりその場にいる斉信にかける言葉がなくて、否応無しにおひらきになった。
そんな話を聞いた。
斉信が女房に一本取られて言い返すこともできなかっただと?
脊髄反射で耳心地のよい言葉を吐ける斉信がまさか。


モヤモヤしていた矢先、ある日斉信がふいに我が家にやって来た。