鈴なり星

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小夜衣30・小夜衣の姫、幽閉される

 

 

さて、親しい方々が茫然自失で心配する中、かんじんの対の御方は捕らわれたままです。どこともわからぬ殺風景な部屋に閉じ込められてから、もう何日も経ってしまいました。
尼君がどんなに心配しているか…
これから私たちはどんなひどい目に遭わされるの…
と考えると、遠くにかすかな人の足音が聞こえただけで、三人は手を取り合って震えています。
「私、前世にどんな悪業をはたらいたのかしら。幼いときに母を亡くし、実の父と一緒に暮らすこともできず、唯一頼りになる人といえば、今日・明日をも知れぬ病気のおばあさまだけ。そんな物の数にも入らぬ私にも、思いがけない殿方が手を差しのべて下さったというのに、あまりの身分差が畏れ多くて、素直におすがりするなんてとてもとても…けれど毎日毎日お越し下さって、そして裏切られ…気苦労で心も砕けてしまった。『雲の上の人が退屈まぎれに手折っただけなのに、愚かにも待ち続けているわ』とまわりの人に思われるのも悲しくて、後宮に出仕してみたはいいけれど、人目にさらされる毎日がつらくて…それだけでもイヤでならないのに、畏れ多くも今上のただならぬ御様子がもとで、同輩たちの冷たい仕打ち。何もかも前世からの宿縁なのかしら。それならば、いっそのこと全てを捨てても惜しくないわ」
髪を切り捨ててしまいかねないつぶやきに、そばで手を合わせている侍従の君と右近の君は悲しくてなりません。差し入れの水にさえ手をつけずに横になる対の御方の背中越しに、
「姫君、命さえあればいつか希望も見出せますわ。一緒に神仏に祈ろうではありませんか。どうかお水をお飲みくださいまし。あなたさまを失い申しては、私たちは生きてはゆけませぬ」
と言って泣きあうのでした。


監禁されている対の御方たちの世話は、この家の主人(今北の方の乳母子である民部少輔)の妻です。この妻はなかなか人情深い人でしたので、朝晩の食事の上げ下げなどで見る、姫の嘆きぶりやお付きの女房の様子にすっかり同情しているのでした。
(今北の方の話しぶりでは、帝をたぶらかして女御を悲しませる悪女かと思ったのに、目の前で泣く女はとてもそうは見えない、悪だくみなど考え付きもしないようなたおやかな姿なのに…)
民部少輔の妻は、三人の捕らわれの女たちが気の毒でなりませんでした。



姫君失踪以来、山里の家の尼君はどっと病の床についたままです。どこを捜してよいやら手がかりすらつかめず、こんな悲しい目に遭うまで生き長らえた自分の命の長さを呪うばかりなのでした。
「今頃どこでどうしているのかしらねえ…もうこの世には居ないのかしら…もしそうなら、魂はどこをさまよっているのかしらね」
かぼそい声でつぶやく尼君。尼君の娘、つまり対の御方の母上が死んだときは、尼君が直接看取りましたので、まだあきらめもつきましたが、この姫の場合、神隠しにあったように行方知れずになってしまい、あきらめようにもあきらめられません。こんな気持ちを引きずったままでは日々の勤行もできるはずもなく、嘆くよりほかないのでした。



姫の乳母は閉じこもって嘆いていても始まらないと、少しでも心当たりのある場所を探し、山寺や神社、深い谷や峰などを訪ねては「どうか姫が見つかりますように」と神仏に祈るのでした。
もちろん、尼君の兄妹である僧都のもとへも参上し、姫の無事をお祈りします。こんなふうに毎日毎日あちこちの神社や寺を参拝して回っていますので、乳母は次第にやせ細ってしまいました。
あてもなく参拝しているので、何の手がかりもつかめません。
かくなるうえは、もう東国まで足をのばすしかないのでしょうか。



姫の実父である按察使大納言も、姫が失踪して以来、心配で心配でなりません。山里の尼君があまりにもお気の毒で、出向いてお慰めしようかとも思ったのですが、自分が無理を言って屋敷に引き取った手前、尼君に「あなたが無理矢理引き取ったせいで、姫がこんなことに」と恨まれては弁解できません。ああ、こんなことになるのなら屋敷にお迎えするんじゃなかった、と後悔しているのでした。



一方、今北の方はといえば。
自分の計画どおりに事が運んだのでうれしくてなりません。
ところが、
「今上におかれましては、対の御方が姿を見せなくなって以来、梅壺にお渡りになられることもなく…たまにお立ち寄りになられては、
『対の御方はいつ戻られるか?』
とお尋ねになられるだけで…」
との報告を聞き、不愉快でなりません。
「対の御方を後宮から追放して、ようやく一安心と安堵していたのに。梅壺へのお渡りが途絶えると、実は今上は対の御方が目当てで梅壺に入りびたっていたのだと世人に思われるのも腹が立つ。あの女の母親も不愉快な存在だった。ああ、母子して私を苦しめることよ」
私と、私の大事な女御によくも恥をかかせて、あの女をどうしてくれよう、でもいつまでも閉じ込めっぱなしでは、そのうち監視の目を盗んで逃げるかもしれない…と監禁した姫の処置に頭を悩ます今北の方なのでした。