鈴なり星

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僕が左遷された理由(わけ) その3

 

 

狼藉をはたらいた本人は、自邸から逃亡する気はさらさら無いが、あらゆる出入り口は検非違使庁の派遣した武士たちに囲まれた。
数刻後、闇にまぎれてもう一人の蔵人頭が馬を飛ばしてやってきて、武士たちの間をすりぬけて、屋敷の中へ入っていった。
「斉信殿!」
相当馬を飛ばしてきたと見え、冠の垂纓も乱れ、衣装も珍しくヨレヨレだ。
「あっいらっしゃい。行成よく入れたね。この家に」
なんなんだ、この能天気さは。宮中で皆が騒いでいるように、気がふれたとも思えない。斉信狂乱の知らせを受けて、行成が大あわてで内裏にかけつけてみれば、もう宣命は出たあと。いくらも経たないうちに、勅定(ちょくじょう)がおりた。
「…帝からの、勅定を申し渡しに参りました。
『一か月間の謹慎。宿題を出す。こりずまの浦を見てまいれ。和歌を三十首つくること。以上』
…寛大なご処置です」
行成の声がわずかに震えている。
摂津国、こりずまの浦。こりずま…しょうこりもなく、という名の浦。『そなたは、しょうもないことをいろいろ考えつくのだなあ』という帝の苦笑が目に浮かぶようだ。斉信は、帝に自分のことを信じていただけたのがうれしかった。
「どうしてこんな茶番劇のようなマネを。あなたが意味も無く無体なふるまいをするような人じゃないということは、殿上人すべてが存じていることです。知らせを受けて、気が動転しました。馬でこちらへ来る途中、あれこれ絶望的な考えが止まらず、私は、私は。
蔵人頭をお辞めになりたいのですか。気が狂ってないのであれば、それしか理由が思いつきません。斉信殿。あなたと一緒に帝をお支えする仕事がどれだけ私を成長させたか、あなたと共にいるのがどれだけ私の生きがいになっているか。私と共に仕事をするのはいやだと思っておられるのですか。私は」
「違うよ」
斉信は、行成の言葉をさえぎった。
どうやら真面目な行成は自分自身をひどく責めているらしい。なんだかもう涙声になっている。一緒の仕事をしたくないがために、斉信がこのような非常手段に出たと。これには斉信も驚いた。そんな誤解はしてほしくない。意図はそのようなところにあるんじゃないんだ。
「そんなに難しく考えないでくれ。私だって、そんな小難しいことを思ったわけじゃないんだ。けどひとつ絶対に間違えて欲しくないことがある。一緒に仕事をしたくないなどと、私は一度も思ったことはないよ。本当だ。
理由が思いつかないって言うけど、たしかに行成にはほんとの理由が思いつかないだろうな。
―――知りたいか?」
声のトーンが急に落ちた。
行成から視線を外そうとしない斉信の瞳。魔法にかかったようにその甘い瞳から眼をそらすことができない行成。
行成は思った。聞いて良い事なのか。聞いてはいけないような気がする、とても。うなじが熱を感じ、心臓が早鐘を打つ。
「えへ。なんて顔をしてるんだい。君ね、ぜんぜん敬語を崩そうとしないだろう?だから強行手段に出たんだよ。君より位階や職が下がれば、タメ口きいてくれるんじゃないかってね。狼藉して、権守にでもなってしばらく都落ちできたら、と考えたけど、一か月かぁ…。あっでも配流みたいなもんだと思って、敬語やめてもらえる?」
「…………」
「どうしたの?やっぱ陰謀でもくわだてなきゃムリ?」
「……一生やめませんっ!」
なんてアホウなことを考えてるんだこの人は!
こんなにこんなに、こんなに心配したのに!
「あ。そんなこと言う?
じゃあ謹慎が解けても京に戻らないよ?
敬語使い続けるなら、一緒に仕事、もうしない。
臨時の蔵人頭、わたしの兄の誠信と仲良しこよしでずっと仕事したら?兄は私と違ってまじめだから、きっとやりやすいよ」
今度はおどしか。
行成はめまいがして倒れそうだった。
行成の先ほどの告白を盾にして、共にいたいならタメ口で話せ、とおどしている。足元をみられた。形勢逆転だ。アホな計画を実行した斉信を、叱り飛ばさなければいけない立場なのに、この状況は何なんだ?行成は下を向いて唇をかむ。
「どうなの?あきれた?もう一緒にいたくない?それとも敬語やめてくれる?
君はどうか知らないけどね、薄っぺらな垣根を通してしか君が見えないようで、少し寂しいよ。敬語をやめてくれたら、君の懐をはっきり見ることができる、そう思えるんだ。今の状況に、私は自信がないのかもしれない…ダメかな?」
「…次にお会いできる日まで考えさせてください」
「え。ホント?言ってみるもんだな!」
「だからもう、こんなバカなマネは二度としないでください。
…このドアホ!!」
「言いきったね。うわぁうれしいなあ。約束だよ。ああ一か月後が楽しみだ」
身をよじらせて喜ぶ斉信。行成は背筋に寒気が走った。



2日後の夜明け前、ことさら地味に仕立てられた網代車が斉信の屋敷の裏門を出ようとしていた。
屋敷の使用人の他に見送りは、源俊賢と藤原公任の二人であった。
「本気の仕儀とも見えなかったし、我らの信頼はこれしきのことでは崩れんよ。もう、そんなに頭をさげなくてもよい。斉信」
「いえ、ご無礼をはたらいたと、心の底から申し訳なく思っています。まことに勝手を申し上げるようですが、くれぐれも行成をお願いいたします」
「代理の誠信のサポートをお願いします、の間違いじゃないのか」
公任がつぶやく。
「おまえにも感謝してるよ。宮中に戻って奏上する際に、うまく立ち回ってくれたからこそ、謹慎が一か月で済んだし、もとの現場に復帰できる。ありがとう、本当に」
「宿題しろよ(ドリフか)」
名残惜しくつぶやく二人に対して、車の中の都落ち人は、大変元気がよさそうだ。
車が動き出した。
「ふっふっふ…ファッファッファーッハッハッ」
と、車内から後世の水戸のご隠居の高笑いのような声がひびいてくる。ずいぶんごきけんな都落ちもあったものだ。
俊賢と公任は、車が辻を曲がって見えなくなるまで佇んでいた。
幸せそうだった都落ち人に、やがて二人はため息をつく。
「俊賢殿。今夜あたりにでも、碁の続きをしましょうか…」


(終)