鈴なり星

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無名草子6・さまざまな王朝物語の批評2

 



右近
では『心高き東宮の宣旨』、先ほどもチラッと出た『朝倉』『岩うつ浪』の批評をお聞きしたいわ。

 

老尼
『心高き東宮の宣旨』…理想の高い東宮の宣旨の、夢いったん叶ったのち破れるという話ですね。今ではすっかり古めかしい筋立ての類になってしまいましたが。誰とは知られるほどではない人の、この上ない幸せを書いたものですが、ま、理想は高く、ということですか。けれど、あれほど愛情を示された東宮よりも、内大臣のような多情な人と夫婦になる辺り、面白くないですね。
『朝倉』『川霧』も同じような内容の作品です。『朝倉』は、はじめは情緒豊かでいったいこの先はどうなるかと楽しみにしておりましたのに、ある事件からはっきりと筋の展開がわかり、がっかりしました。
『岩うつ浪』…大将の君に辱められた女君がその後入内してお后になり、男を見返すというストーリーは、おもしろい筋立てだなと思ったのですが、とても平凡な書きっぷりでした。
これらの作品は、身分差や逆境に苦しみながらも、女の理想や意地を貫いた女主人公の姿が印象的ですわね。たとえ悲劇に終わろうとも。

 

小侍従
最近の作品の中では、『海人の刈藻』が何と言っても骨太なしっかりしたものですわ。優艶なところはないですけど。
男主人公の失恋と出家が主な筋ですが、言葉使い等が『栄花物語』を真似した年代記風になっていてわかりやすいですわね。その種の物語にしては、しんみりとした点もありますわね。

 

少納言
男主人公の大納言の正妻をお持ちでないのが惜しいわ。いくら潔癖症でも、妻がいなくて良いというものではありません。主人公が身分の高い北の方をもっていらして、出家した後その北の方を嘆かせてみたらば、もっと情緒深くもなるでしょうに。
それに、主人公大納言の子を生むほどの関係にあっった藤壺の中宮の、大納言に対する愛憎いずれの面についても描かれてないことが不満だわ。中宮のお産の折、安産祈願で造仏しまくった、あれもわざとらしいし。

 

中務
何よりも、主人公の大納言が出家後即身成仏になり、しかも出家した大納言のもとに多くの仏が来迎し雲に乗せて去ったなどと、ふざけるのもたいがいにしろ、と言いたいですわ。出家に至る過程の読者の感激が醒めてしまって、『夜半の寝覚』の女主人公の虚死事件にも劣らぬほどの口惜しさ。

 

右近
中務の君は、理屈に合わない不自然さを許さないのね。

 

中務
あたりまえよ。男主人公を理想化するあまり、不自然も度を超えてるわ。そんな理想化よりも、人間感情の内面にもっともっと目を向けて欲しかったわ。

 

小侍従
世間一般に、『末葉の露』と『海人の刈藻』を同列に評価するようだけど。『末葉』は右大臣と密かに愛する女院との叶わぬ恋の空しさのお話。やはり私としては、言葉使いなどを比べても、『海人』の方が圧倒的に上だと思う。

 

右近
『露の宿り』などは言葉使いや和歌など悪くないと思うわ。
この世の無常を語るお話とはいえ、余りに人がどんどん死んでいくのは不吉な気がするわね。

 

少納言
『三河に咲ける』は、主人公と契る多くの女人がそれぞれ不幸に終わるというお話だけど、この作品には良い和歌がたくさんあるのよね。
『宇治の河浪』は、宇治に住む帥の宮家の姉妹をめぐるお話ね。
『海人』の物真似のような作品だけど、二番煎じとしては悪くないわ。宇治の姉妹を設定した辺り宇治十帖を思わせるし、新しく創造したところはないわねぇ。

 

小侍従
『駒迎へ』は優雅な文章が並べたてられている純愛物語だけど、がっかりさせられる結末ね。
『緒絶えの沼』は当世風の描きぶりね。登場人物がたくさん出てきても心理描写の使い分けがきちんと出来ていて、面白い作品だと思うわ。
どちらも男主人公の純情さがウリだけど、作品全体の魅力となると、さてどうかしら。

 

老尼
駄作が乱発気味の当世ですが、やはり『寝覚』『狭衣』『浜松』ほどの力作は見当たりませんわね。
藤原隆信作『うきなみ』も、ずいぶん熱心な執筆だったそうですが、言葉使いなど稚拙でとてもとても満足など出来ません。
また、定家作『松浦宮物語』は、雰囲気だけで真実味のない作品ですわ。ただ作中の和歌は『万葉集』の風情があり、筋立ては『宇津保』などを見る心地がして、凡人の及びもつかない仕上がりになっています。
『有明の別れ』『夢語り』『浪路の姫君』『浅茅が露』などは、なめらかな文章でわかりやすく、どんどん読み進んでいくうち、内容もどんどんエグくなっていくのですわ。嫉妬に狂った貴女が二人の恋敵に物の怪となって取り憑いて、挙句の果てに狂い死ぬなどと…どれもこれも若年層に見せられるものではありません。

 

少納言
まあでも、長い間女流作家の独壇場だった物語創作に、殿方が進出してきたことは意義があると思うわ。
しっかしまあ、よくもこれだけ物語の批評がでたわね。20篇以上?語れば語れるものなのね。
結論としては、『源氏』ほど読み応えのある内容を持つものは現れなかったってこと?でも、それぞれ必ず一つはすぐれた場面があるってことは忘れないでおきましょうよ。
次、歌物語や歌集について、いってみない?