鈴なり星

平安古典文学の現代語訳&枕草子二次創作小説のサイト

2023-07-01から1ヶ月間の記事一覧

陽炎

地熱にじわじわ暖められた空気で孟宗竹が揺らめいて見える。ようやく立秋を越えたというのに、まだまだ夏真っ盛りの大暑のような厳しい暑さが続いていた。西に傾き始めた陽は熱く赤く焦れ、熱でよどんだ空気はピクリとも動かない。「暑い…」陽をまともに受け…

狭衣物語32・権大納言、狭衣と一品宮の噂を言いふらす

それから数日後、その権大納言は一品宮の中納言の君のもとをたずねた。「あの夜、この屋敷から出て行く狭衣の君を見かけましたよ。そういうわけだったんですねえ。たしかに一品宮と狭衣の君がわりないご関係なら、私は邪魔以外の何者でもないですから。しか…

狭衣物語31・狭衣、忘れ形見の子見たさに

今上は、亡くなられた御父君の故一条院を忘れられないでいた。発病後、あまりにも早く崩御され、子としてお見舞いも満足に出来なかったことをいつまでも後悔していた。そのせいもあって、残された母后(女院)と妹の姫宮をことのほか大切にしていた。この妹…

狭衣物語30・洞院方の今姫君のドタバタ事件

さて、洞院上が入内を画策している今姫君である。二月に入内の予定ではあるが、世間の人から、「なんてお幸せなのでしょう。大きな声じゃ言えないけど、もとはといえば一介の女房の産んだ物の数にも入らない方なのに、洞院のお方に引き取られて後宮入りとは…

狭衣物語29・狭衣、涙の追善供養

二十日過ぎの細い月影が霞みがかって見える。四方の山々に暁を告げる寺の鐘の声が寂しく響き渡る。ひなびた山里のこんな風景を、飛鳥井女君も毎日見て暮らしたのだろうか…そんなふうに狭衣が女君のことを思いやっていると、隣の部屋で若い女房たちの声が聞こ…

狭衣物語28・飛鳥井女君の真実を告げられて

飛鳥井女君が仮に生きていたとしても、無理に探し出してあれこれ詮索するのはいかにも未練がましい行為だろう…そうは思えども、二人の間にできた子がわびしい身の上で世間を漂うのは、いかにも哀れで仕方がない。狭衣は従者の道季を呼び、今姫君のところで聞…

第5段 ムカ男、許されぬ逢瀬に夢中になる

ムカ男は、東五条のお屋敷に住んでいる女のもとに、人目を避けて通っていました。その女は、ムカ男にとって政敵とも言える一族の総領姫で、ムカ男も逢瀬ひとつに命がけです。女の乳母の手助けがなかったら、とても逢瀬を続けられなかったでしょう。ムカ男は…

第4段 ムカ男、女に突然去られる

ムカ男は、東の五条の皇太后宮のお屋敷に住むお姫さまのもとに通っていました。西の対の屋に住んでいるそのお姫さまのことを「しょせんは叶わぬ恋だから」程度に思っていたのですが、忍び逢いが重なるにつれ、ムカ男も、そして女の方も、次第に愛情が深くな…

第3段 ムカ男、高子姫に手を出す

ムカ男が、恋しい女のもとに、ひじきを添えて歌を贈りました。 思ひあらば葎(むぐら)の宿に寝もしなんひじきものには袖をしつつも(もしもあなたも私のことを思ってくれるなら、たとえそれがあばら家でもいい、互いの袖を夜具の代わりに共に過ごしてくれな…

三途の守は見た

俺さまの名前は黄泉の国三途の守。先ほど特別貸切で、たった一名を渡し終えたばかりだ。その名は藤原道長。生前、最高権力者だった御仁らしいが、貸切になったのは、他の亡者たちが同船するのをメチャクチャ渋ったためだ。最高権力者だったとはいえ、船は別…