その唐物商が公任の目の前に差し出したのは、やや小ぶりな濃い黄瑠璃(黄色いガラス)の水差しだった。西の市でもかなり景気良く売りさばいているその商人は、時々掘り出し物を入手しては、こうして上流貴族の屋敷に出入りして逸品をみせびらかしたり、こち…
そうこうしているうちに、遠くで先触れの声が聞こえた。ずいぶんにぎやかな気配もする。「誰だろう」と狭衣が思っていると、例の一品宮との噂を吹聴して回った、口さがないあの権大納言の来訪だった。狭衣は、彼がこの斎院の別当であったということを今思い…
狭衣は桜の一枝を携えて斎院に参上した。斎院はのどかな昼下がり、琴を弾いているところだった。几帳の端から桜萌黄の衣装と樺桜(かばざくら)の小袿が重なって見えているのが美しい。「堀川の桜を懐かしがるお手紙が女御さまのもとに届いたのを拝見しまし…
さて、今上に入内してめでたく懐妊した弘徽殿女御(女一の宮)は、11月に行われる新嘗祭の神事のため、宮中を退出することとなった。里邸は親代わりの堀川邸である。斎院の任を賜り邸を去った源氏の宮が暮らしていた部屋に移ったが、大殿が心を込めて女御に…
「…頭中将どの。何か視線を感じませぬか」「え?」急に話を振られてトリップから現実に引き戻される斉信。「何かって…い、いやだなあ綱どの!カンベンしてください、私で遊ぶのはナシですよ」「シッ騒ぎ立ててはいけません。何かがこちらの様子を伺っている…
鞍馬の森は、いつも不気味な霊気に満ちている。どこの深山もそうであるが、特にこの鞍馬山は、たとえ陽の照りつける夏の昼下がりであっても、一歩足を踏み入れれば、うっそうたる樹木に空は見えなくなるほどの薄暗さだ。ましてや今は晩秋。ひんやりと神秘的…