鈴なり星

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無名草子5・さまざまな王朝物語の批評1

 

 

老尼
『夜半の寝覚』…とりたてて感慨深いという点もなく、さしてすばらしいと言うべきところもありませんが、物語の最初からひたすらに女主人公一人の事を書き、他を取り上げようとせず情緒深く心を込めて作り上げようとする作家の心意気が感じられ、しみじみと心打つ作品ですからご紹介致しましょう。
何から何まで悲しみで一杯の作品ですわ。まず男君が、ある邸で逢った寝覚めの君を、その邸の娘だと思っていたのに別人だとわかり、しかも結婚相手の妹君だと判明して茫然自失する場面。寝覚めの君が、姉君をはばかって男君に逢おうとしないところなど、おいたわしいですわ。
寝覚めの君が、老関白との結婚が近づいてきたので、男君と無理をして対面し、二人の間にできた子供の話などをせつなく聞き入っている場面も、お気の毒だと感じます。
老関白のもとへ御輿入れなさった寝覚めの上が老関白になかなか打ち解けようとなさらないのも、寝覚めの上の結婚に傷心した男君が皇女様のもとに通い始め、寝覚めの上の姉君さまが悲嘆のどん底に陥るのも、胸がつぶれそうなほどです。
寝覚めの君と男君の仲も、不倫がましい結ばれ方をする運命こそ、残念といえば残念ですが、寝覚めの君の心ばえがしっかりしているのがとてもいいですね。あれほど固く約束しあってお互いに思いを交しながら、姉君さまにはばかって、一言も自分からはお返事をしまいと決心していたのに、老関白とご結婚なさってから後は、男君の例えようもないほどご立派になっていく様子を見るにつけても、こらえきれなくて。でも折々のお手紙には、『愛』などという言葉は書かないようにして、努めてて公的な内容に抑えているところなども切ないですわ。
その後、老関白との仲も愛情こまやかになり、姉君とも仲直りなどして、男君に物を申し上げにくくなったのも、当然のことです。老関白と寝覚めの君がご婚約なさった時、男君が千の言葉を尽くして寝覚めの君をくどこうとなさり、このまま駆け落ちしようかと頭に血がのぼった時も、寝覚めの君は心強くなびかず、自分も男君も世間体が穏やかなように処置なさった点は、すばらしい思慮深さを備えた心の持ち主と思われます。

 

中務
なるほど。寝覚めの君はすばらしく思慮深い心上手でいらっしゃるようですわね。
でも、相手が夢中でいる時は、たいそう冷たく我を張って情にほだされず、そのくせ相手があきらめようとすると、自分の愛情を見せようとするようですね。詠んだ和歌にその傾向が見られます。

 

小侍従
そうではないでしょう。ただただ男君を深く愛しているのでしょう。苦しい恋を知った最初からのなりゆきを考えると、前世からの縁というものでしょうね。寝覚めの君にとっての男君とは、愛するがこそ恨めしい存在でありましょうに、あなたはそこをちっとも理解していないわ。

 

少納言
いずれにせよ、寝覚めの君をなかなか思い切ることができない男君がみっともないのよね。

 

中務
そもそもこの物語の大きな欠点は、寝覚めの君が一度死んで生き返った事件の不自然さです。その後あたりまえのように生活して子供の世話をして暮らして。あの虚死事件はストーリー上まったく必然性のないものですわ。

 

少納言
中務の君はこの物語に手厳しいわね。私は好きよ?このお話。『ひるめろ』みたいで。すっごく肉感的なストーリーよ。従来の物語と違って、女主人公の白くてムチムチな肉感性が強調されて、男の触感に訴えてるのよね。それが、出逢った男たちを皆狂わせていくんじゃないかしら。そのあたりが露骨に書かれてるわ。

 

右近
言うわねえ少納言の君。そろそろ私の知ってるお話をしてみたいわ。『浜松中納言物語』、いってみましょうよ。まず尼君さま、感じた事を思うままおっしゃって下さいな。

 

老尼
『浜松中納言』は『みつの浜松』とも言いますわね。先に出た『夜半の寝覚』と同じ作者が書いたものですわ。この方『更級日記』の人ですね。あと『自ら悔ゆる』『朝倉』なども書いておられますわね。

 

右近
えぇ~こんなのびやかで明るいお話と、ひるめろの『寝覚』を書いた人が同じなの?

 

老尼
定家卿の研究結果ですから。このお話、それほど評判を聞きませんが、言葉使いや話の有様などがとても新鮮で、物語を創作する人はこういった初心が必要だと思います。男君の心配りや姿かたちなど理想的で、渡唐の決意のくだりは読んでいてすがすがしくなります。
この物語のすばらしい点は、日本と唐の二つにまたがったお話であり、しかも、異なった二つの民族の心理描写や習慣に理解をみせていることですわ。外の世界を見ることのかなわない宮廷女性が書いたとは、とても信じられないくらいです。まあ唐土の人間が、恋愛で和歌を送るとかいうヘンなあり得ない部分もありますけどね。
良い点はたくさんありますけど、余りに複雑な人間関係が整理できなくて、物語としては破綻してます。そこが残念ですね。
最初から欠点だらけの物語は、あきらめもつきますけど、いいお話であるだけに、小さなたくさんの欠点が許せない、そんな感じです。

 

小侍従
『玉藻に遊ぶ権大納言』のお話をしてくださいな。

 

老尼
特に情緒深い話ではありませんが、『親はありくとさいなめど』で始まるあたりは、なんとなくすばらしそうな予感がして、期待を持ってしまいますね。
この作品は主人公蓬の宮が身分低い生まれで、そこが口惜しいのです。ですから、身分が低い、それだけでこの作品自体が軽んじられているのではないでしょうか。最終的には蓬の宮は、尚侍になっていくんですけど。

 

少納言
『とりかえばや(古本のほう)』は?

 

老尼
『とりかえばや』ですか?
言葉続きも悪く、話の内容も大げさな感じがしますが、たいそう新鮮な題材を選んだと感心しますね。以外にも、しんみりしたお話もあるようですし。和歌も大変よろしい。所々に『源氏』を真似したような箇所がありますが、真似しそこなっていて見苦しくなっています。
女中納言はすばらしげですが、男髪を振り乱しての出産シーンはちょっとやりすぎです。月の障りのことも汚らしいですし。
題材としては大変おもしろいんですけど、子供に見せるような物語ではありませんわ。

 

中務
『隠れ蓑』も教えてくださいな。

 

老尼
これもまた珍しい題材を扱った作品ですね。蓑を着ると他人から姿が見えなくなるなんて。それを利用して、男主人公が垣間見をして、さまざまな悲喜劇がおきるなど。読みがいはありますが、そこまで書かなくてもよいような事が多く、和歌もちっともよくありません。同列に評される『とりかえばや(古本のほう)』に圧倒されているようですね。今は読む人も少なくなってきているのではありませんか?
そういえば『今とりかえばや』なるものが世の中に出回っているようですが、同じように『今隠れ蓑』というものを誰か作ってくれればいいのですわ。題材としては、とても面白いんですもの。

 

右近
『今とりかえばや』は、旧作よりすぐれているみたいよ。何でもかんでもパクリ本は必ずもとの本に劣るものなのに、この改作本はすごく面白くなってるらしいの。言葉使いも和歌も悪くないし、あの大げさなエグい表現もなくなってるって。

 

中務
そうみたいね。男と女の逆転話も、いやらしく書かれてないし、前世からの因縁というものが前面に出てて、読者がなんとなく納得しちゃうのよ。終盤、女中納言と男尚侍がもとに戻るくだりも、すごく自然にできてるわ。ここが旧作と全然違う。
宮の宰相が女中納言を襲ったり、四の君に迫ったり、全く理性がないわねぇ。まあ、そこがこの物語のドキドキするトコなんだけど。それに最後大団円になってから、男尚侍がもとのフツーの男の中納言になって、宮の宰相ってば、近くで向かい合いながらも入れ替わったことに露ほども気付かないなんて、バッカよねぇ。

 

少納言
うふふ、みんな何だかんだ言いながら、宮の宰相が好きなんでしょう?作品内で欠点の欠片もないような超人扱いされてないし、一番身近にいそうな良い男ってかんじだもんね。

 

小侍従
なんだか面白くなってきたわねえ。どんどんいきましょう。