鈴なり星

平安古典文学の現代語訳&枕草子二次創作小説のサイト

第18段・ムカ男、風流ぶった女の挑発を受け流す

 

 

むかし、中途半端に風流ぶっている女がいました。
その女はムカ男の家の近くに住んでいました。女は、そこそこ歌を詠めるつもりでいましたので、ムカ男の風流さを試してやろうと思い、ある日、盛りを過ぎて色あせたうつろい菊に歌を添え、ムカ男のもとに送りました。


紅ににほふはいづら白雪の枝もとををに降るかとも見ゆ
(紅色に美しく染まった白菊はどの辺りかしら。私の所からは枝もたわわな真っ白な菊しか見えませんけど)

色づきやすい風流なお方だそうですけど、私には何の色気も見えませんわ…女はムカ男をそう誘っているのです。
ムカ男は、女のよこした歌の裏読みなぞすぐにわかりましたが、知らないふりで返事をしました。

紅ににほふがうへの白菊は折りける人の袖かとぞ見ゆ
(白から紅色へ美しくうつろう白菊は、菊を手折ったあなたの袖のかさねの色に見えますよ。ステキなセンスですね)


奈良時代末から平安時代初期にかけて中国より伝えられた菊。春夏秋冬の最後に咲く花として愛され、その香りの高さから邪気を払い長寿を授ける伝説付きで中国からやってきました。
当時の菊は白と黄色のみ。貴族たちは、花期の長い白菊が晩秋の頃に霜枯れし始め、花びらのふちから徐々に赤紫にくすんでゆく様をとても愛しました。清少納言が「すべてむらさきなるものはめでたくこそあれ」と賛美しているように、霜にあたって枯れ始めた白菊が、花びらのふちから高貴な紫色にうつろってゆく様は、別格のめでたさと別格の無常感があるのです。
盛りを過ぎて色あせた白菊は、咲き誇る純白の菊より男女の心の移ろいやすさを思わせて情緒たっぷり。だからこの女も、
”色好みにかけては有名なお方と聞いておりますが、私には何の色気も感じられませんわ”
と積極的に誘っているのです。「恋のお手並み拝見したいわ」と挑発しているのです。
ところがムカ男は、
”うつろい菊があなたの袖に映えて美しい重ねの色に見えますよ。良いセンスですね”
と完全スルー。
ムカ男、彼女にまったく興味なさそうです。「君は対象外の女なんだよ」という返事をこんな美しい返歌に仕上げるなんて平安貴族の美意識すごいですね。
この「なま心ある女」、自分から贈った恋の挑発ともとれる歌への返歌を読んで、「ああんムカ男さんてイケズねえ」と恋の炎を燃え上がらせたことでしょう。