鈴なり星

平安古典文学の現代語訳&枕草子二次創作小説のサイト

それぞれの矛盾Part3

 

 

行成は立ち上がり、斉信の横に座り直した。
「斉信。悩んでいないで打ち明けてみませんか。きっと大丈夫。結果、自分は何を恐れていたんだろうかと馬鹿馬鹿しくなりますよ」
「取り返しのつかなくなる場合だってあるよ」
「では思い切って、一度壊してみてはどうです。壊して、新たな関係作りをしては」
「簡単に言ってくれるよな。その勇気が」
「確かに、最初の一歩を踏み出すのは勇気の要ることですが、あなたはそれが出来る人だ」
「……」
「それとも…踏み出すのは恐いですか」
その一言が斉信をひどく惑乱させた。行成本人は単純に励ましているつもりなのだろうが、その屈託のない物言いとまなざしが、まるで斉信を挑発しているようだった。自分の目の前に行成の喉がある。斉信ほどではないが、酒でわずかに桜色に染まった行成のそれから目が離せない。至近距離にいる行成のあたたかな体温が、二人の間の空間を伝わって斉信にたどりつくと、斉信は、己の理性が急激に崩れていくのを感じ、思わず行成の首筋に唇を寄せていた。
「た、斉信?」
「…好きだよ」
腕をとられてそのまま床に倒される。あまりの突然の斉信の行動に、行成はあっけにとられて簡単に引っ張られた。
「斉信!ちょ、待ってください!」
「…いやだ、待たない。待てないね」


「酔いに任せての戯れ言か。ふざけるのもたいがいにしろ」とつっぱねられるのを覚悟での告白だった。酔ってなんかいない。本気で好きな相手に思いを告げる時に、酔いに任せてだなんて、そんな失礼な事をどうしてできようか。
今なら、今なら想いを全て吐き出せる。
たとえ拒絶されても。

斉信は腕にぐっと力を込め、態度を豹変させた。
「…ずっと言いたかったんだよ。あいにく全然酔ってはいないんだ。おまえが好きだ。何度でも言うよ。初めて蔵人頭として対面した時から、私はおまえに夢中だ。そのきまじめなまなざしも声も、芯の強そうなその瞳も。お願いだ、お願いだから私を受け入れておくれ」
斉信の下で、行成が驚愕の瞳で見つめていた。そして驚いたその顔が、ふっと緩む。
「斉信…私のほうこそずっと前からあなたのことを…。まさか想いが通じ合っているなどとは。万に一つの可能性もないと思っていたのに」
そう言いながら、行成が微笑む。
斉信は唖然とした。
十中八九、拒絶されると覚悟していたから。
それなのに行成が自分と同じ気持でいてくれようとは。みるみるうちに、心の中が歓喜の渦に包まれてゆく。
「…行成。信じられない。もっと早く打ち明けて入ればよかった。そうすれば、あんなに狂ったように女人に溺れて、おまえを忘れようと乱行を重ねはしなかったのに。私がどれだけ女人たちに恨まれたか」
「それは災難だったね。頭中将どのにあるまじき行為だな」
自分の下でクスクス笑う行成。酒でこめかみがほんのり桜色に染まって、たとえようもなく煽情的だ。もう我慢なんかできない。でも男は初めてだ、うまくできるだろうか。
斉信は、行成の襟に、緊張に震える両手を差し入れ、宝物を扱うように首筋に触れたあと、顔を覗き込むようにしてささやいた。
「…我ながら恥ずかしいことに手が震えているよ。本気の相手にはこんなにみっともない姿になってしまうんだな」
「みっともないだなんて、うれしいよ。なんだか可愛いな、斉信」
「お互い男は初めてだろうけど…本当にいいんだね?」
「ああ。安心してくれ。斉信が不安がるようなことは何もない」
やさしい答えが返ってきた途端、それまで行成を組み敷いていた斉信はいつのまにやらくるりと仰向けに転がされていた。
「????」
何が起こったのか全く理解できない斉信。どうやら自分は上を向いているらしいと思った瞬間、行成の甘くやさしい声が降ってきた。
「私に全てを任せて欲しい。かなり痛いと聞くが、その分できるだけやさしく扱うから」
「へ?ちょっと待て行成。私が下なのか?」
「何を言っているんだ斉信。あたりまえじゃないか」
心外だ、といわんばかりに行成が答えた。
「何だって?私が上に決まってるだろう。愛らしくて(えっ)たおやかなおまえを抱きたいんだよ。私の方が体も大きいし、力も強い。弓も上手いし刀の技も実戦向きだ。第一私はおまえより5つも6つも年上なんだ。行成が女役になるのが自然だろう」
「なんで私が抱かれ役にならなきゃいけないんだ。失礼な。斉信のことは好きだが、これだけは絶対譲るわけにはいかない。むしろ愛らしい(は?)のはあなたの方だろう」
「おまえを抱きたいんだ」
「私も同じだ」
「私が先に告白したんだぞ」
仰向けになった斉信の上に、いつのまにやら行成が馬乗りになっていた。
「斉信…本当にせっぱつまっていたのは、私のほうかもしれない。私は、あなたの口から『好きな人がいて、それを忘れるために』と聞いて、その人に心の底から嫉妬したんだ。よもや自分にそんな醜い気持があろうとは思わなかった。今あなたの方から告げられなかったら、そのうち抑えがきかなくなって、どうにかなってしまってただろう」
「私が抱かれる側とは不本意だ!…っ痛」
腕を軽く押さえられているだけなのに、動かそうとすると痛みが走る。
おかしい。力では私のほうが上なのに、どうして。
斉信の疑問を見透かしたかのように、行成が答える。
「ああそんなに暴れないでくれ愛しい人。我が家系には、中国二千年の秘法で『気功』という武術が伝えられている。攻撃にも防御にもなり得る素晴らしい技だ。腕力でハンデがある分、私にはこの『気功』がある。これをキメると、どんな猛者でも悲鳴をあげずにはいられない。ああそんなに怯えないでくれ。最後の理性の欠片も失ってしまいそうだよ。
さあ、可愛い斉信。めいっぱい私の愛を感じてくれ!」
行成が斉信の襟をはだけ、喉元にあたたかな舌を這わせ始めた。
「うっ、うわああ!いやだ、やめてくれえ~!」


行成はうんざりしていた。
さんざん女人のグチを言ったあげく、「酒を飲ませない行成はしぶちんだ」と言い放って、酔いつぶれて寝てしまった斉信。なにやら夢を見ているらしく、ブツブツとつぶやいていたかと思ったら、いきなりろれつの回らない口調で叫び始めた。
しかも、夢の中にはどうやら自分も登場しているようだ。うめき声に混じって「行成」と自分の名を呼ばれている。その前後には、「うおお」だの「やめろ」だの「痛い」だのの言葉。それらの言葉の合い間合い間に、実に男らしいあえぎ声が混じる。
行成は、斉信が酔い潰れてイヤな夢で苦しんでいるのかと心配していたのだが。

…だいたいわかってきたぞ。
斉信殿、なんという恥ずかしい夢を見てるんですか。

「痛いっ行成っ…うっ…あっ…うわわやめろ」
寝言とはいえ、斉信に「行成は痛い」と認定され、かなりショックな行成だ。

私はヘタか、あなたにそんなにヘタだと思われてるんですか??
「…あっ…やめないでくれ」
がくっ。
どっちなんだ!!

恥ずかしさのあまり行成は、寝言を叫びまくっている斉信を、たたき起こすつもりで思い切り蹴り飛ばした。ごろごろと二回転していった斉信が、
「あっ…いい」
と言ったかどうかは行成しか知ることのない秘密なのであった。



(終)