鈴なり星

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三途の守、清涼殿の落雷被害者を乗せる

 

 

俺さまの名前は黄泉の国三途の守。
さまよえる亡者をあの世の入り口に引き渡すのが仕事だ。
三途の川辺で舟の手入れをしていると、彼方からトボトボと四人の男がやってきた。
俺は本日の乗船予定欄に目をやる。
「藤原清貫(きよつら)さんと、平希世(たいらのまれよ)さん、美努忠包(みぬのただかね)さんと、安曇宗仁(あずみのむねひと)さんですね。
どうぞ。お乗りください」
「つかぬ事を聞くが、ここは」
「三途の川のほとりです。あんたがた、死んじゃったんですよ」
「ううう」「やはり」などと皆つぶやいている。きっと混乱しているのだろう。
気持は分かる。四人とも即死だったらしいからな。
「清涼殿で『乞雨』の相談をしていたと思ったら」
「愛宕の峰にわきでた黒雲が、みるみる空を覆い始めて」
「雷鳴の大音響と共に清涼殿の大柱が真っ二つに裂けて」
「あとは何が何やらさっぱり」
「わかった事と言えば『気がついたら死んでいた』事だけとは」
四名とも状況が全くわかっていないようだな。
「即死の人間は皆同じ反応しますね。
あんたたちは雷に当たって即死したんです。
大納言だった清貫さんは上半身が裂けて即死。その横にいた内蔵頭の希世さんは頭をくだかれ即死。棟続きの紫宸殿にいた右兵衛佐の忠包さんは焼死。宗仁さんは両足焼きちぎられて焼死」
「も、もうひとり、そばに紀蔭連(きのかげつれ)という人物がいたはずだ」
「ああ、その人は生きてますよ。ですが落雷のショックで発狂してますね」
俺の説明に呆然自失の状態で、四人は舟に乗った。
「二ヶ月間もカンカン照りだったのに…」
「青天井からしずくひとつ落ちてこなかったのに…」
「去年は大洪水、今年は大かんばつ。やはり…」
「やはり」
「やはり…すすす菅原道真殿のタタリ」
「だまらっしゃい!その名はタブーですぞ!」
「かまいませんよ皆さん。死はこの世の理(ことわり)の外にあり。人間世界とは縁が切れたのですから。何を言っても恐れることはありません」
「ううう」「なぜ、我々が」「まだ、し残したことが」「こんなにもあっけなく」
ふん。皆せきをきったようにわめき始めたぞ。
「藤原が、あんな冤罪を道真殿に着せるからですよ!」
「なにを!わしは傍流の南家じゃ!わしらは後ろめたいことなど何もしとらんわ!」
「道真殿もインテリだったから…執拗に歌を詠んで理性で耐えるよりも、ワシは無実じゃ早よ帰せと、泣きわめいていた方がよかったんだ」
「都におられたころから、プライド高く攻撃的なお方だったらしいからのう。人生前半を学問に打ち込みすぎて、感情の出し方をお忘れになっておられたのではないかのう」
「なるほどね。じわじわと怒りを溜めて、ある日突然キレて暴走するタイプですか。爆発反応というやつですね。どおりで雷に結び付けられるはずだ。
内にこもった怒りや恨みが爆発するさまはまさしく天変地異の権化ですな」
俺は舟をこぎながら相づちを打った。
「しかし我らは北家の陰謀とは何の関係もござらぬ」
「そうだそうだ。藤原以外なら、道真殿に大宰府行きの引導渡した三善清行にだって祟っていいはずだ!あんなに仲悪かったくせに」
「ホモのくせに我らを襲いやがって!」
「ちょっと待て。
三途の守どの。これから行くあの世にみみ道真殿は」
「!!」
「!!!」
「ああ、道真さんはいませんよ。死者の理にケツをまくってどっかの異界に逝ってしまいました。二つや三つのグチくらい誰も止めませんよ。あんたがたは、巻き込まれた被害者なんですから」
「そそそそれなら、好きなだけ!」
「ホモのくせにノンケの我らを襲いやがって!」
「弟子の紀長谷雄とできてたくせに!」
「白菊にたとえて露骨な詩を残しまくったくせに!」
「時間も何も関係ない、夜を徹して菊を愛でてしまったよだと!」
「休日に私の部屋の菊を、酔いにまかせて散らせてしまっただとー!」
「はいはいはい…言いたい放題ですね」
こいつら、きっと向こう岸までこんな調子なんだろう。
まあな、こんな理不尽な死に方、悔やんでも悔やみ切れないだろうとも。


(終)