鈴なり星

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箱の中身 その1

 


方弘は汚い沓を入れた箱を抱えていた。
「おい方弘、もっと大事に扱えよ…大事な贈り物なんだから。まったくおまえはがさつだな」
「わかってるって、心配するなっつーの」
信経と方弘は後涼殿へ向かって、南廂を歩いている。



事の発端は殿上の間での方弘のためいきから始まった。
「どうした方弘、珍しい。君が悩み事か?元気がないじゃないか。私でよければ聞くぞ」
職業柄、面倒見の良さがすっかり身に付いた斉信が、機嫌のいい声で方弘に声をかけた。すると、方弘のそばで話し相手になっていたらしい信経の方が先に答える。
「ちょうどいいお方がいらしたじゃないか、方弘。やはり恋の相談事は、その道の手練れにお聞きしてみるもんだ。頭中将さま、まあちょっと聞いてください。この方弘がですね…」
藤原信経は、六位の式部丞で、蔵人・源方弘の遊び仲間である。その信経が、恥ずかしがる方弘を手で押さえながら話す内容というのが。
「御厨子所の女官に懸想しているだってぇ?方弘、君がか!」
「ご用ききで、清涼殿と後涼殿を行き来しているうちに、いつも対応してくれている小兵衛という女官に惚れてしまいまして、はあ」
もじもじしながら目をそらして白状する方弘の様子に、内心、うぷぷ方弘め気の回らない大仰なヤツだが以外にかわいいとこあるじゃないか、と笑う斉信だ。
「小柄でとてもかわゆい女なんですよ。くるくると立ち回ってよく働くし、声もきれいで、髪をキュッと後ろで束ねてお食事に奉仕する姿がなんともいじらしくて。でもいつも忙しそうに働いているので、なかなか打ち明ける機会がなくてですね…通っている男はいないようなんですが」
うなじを右手でなで上げて、決まりが悪そうに方弘は話す。
「君の口から女を誉める言葉を聞く日が来るとはなあ。
打ち明けられない?何を弱気になっているんだ、もっと自分に自信を持て方弘!」
斉信がゲキを飛ばす。
「それで方弘がですね、直接打ち明けずに、相手が自分のことを好きなのかどうか知る方法はないものかと悩んでいるのに、今までつきあっているわけです」
「打ち明けずに相手の気持を知る方法だなんて、男としてそれは卑怯だぞ。君はいつも正しかろうが間違っていようが、おかまいなしにズバズバもの言うのが身上だろう。
まあ、方法がないこともないが」
「ええっ教えてください!後生ですから!」
ガバとひれ伏して斉信の裾にしがみつく方弘。裾がしわくちゃになるのも構わず引っ張り続けている。
と、そこへ。
「なんと!こちらから打ち明けずに女人の心のうちを知る方法だなんて、そんなありがたい手段をご存知なら、我々にもご教授いただきたいものですね、頭中将どの」
少し離れた場所でくつろいでいた中将の源宣方と蔵人の源道方が、わらわらとそばに寄ってきた。
「なに言ってるんだい、君らは日ごろ全っ然不自由してないだろう。そんな卑怯な手段を画策したと知れたら、後宮の女房たちから村八分にされてしまうぞ」
「いやあ、これでも苦労してるんですよ。苦労して技巧を凝らした恋文の返事が、まず侍女の代筆だなんて。そこんとこだけでも省けるものなら省きたいんですよね」
円座にすわりながら、愛想よく宣方中将が答えた。
「まあ君たち二人のことはいいとしてだな、方弘、女人にお近づきするためには、まず何をおいても恋文だろう?渡した事があるのか?」
「とんでもありません頭中将さま。私の書いた甘い言葉にのぼせるようではがっかりですし、逆に言い負かされたりしますと小憎らしく思ってしまい、今後取次ぎする気持が失せてしまうやもしれません」
なんだかおかしな理屈だなあ、とその場にいる全員が思ったが、まあ方弘はいつもこんなものだ、と誰もが納得した。
「とにかく手紙を出さずに、だね。簡単だよ。その意中の女官が必ず立ち寄る場所に、方弘の持ち物だとわかるものを置いとけばいい。恋心を表すものならなおベストだな」
「なるほど!うまいこと考えましたね。方弘殿に興味がなければ気付きもせず通り過ぎていくでしょうし、少しでも気に留めているのなら立ち止まって手にするくらいはしてくれるでしょう。もし、その小兵衛の君とやらが方弘殿のことを慕っているなら、ふところに仕舞うくらいはしてくれるかもしれませんね」
道方が感嘆の声をあげる。
「しかし、方弘の持ち物とわかって、尚且つ恋の仲立ちをしてくれそうな物となると…」
「方弘の扇を小兵衛の君の目につきやすいところに落としておく、というのはどうだろう。扇に方弘の似顔絵なんか描いてだな」
道方と信経が思案し始めると、
「あいにくわたしは扇などという小洒落たものは持ち合わせておりませぬ。暑くて汗が出るならば、懐紙で押さえればよいと思っておりますので」
と方弘はそっけない。
「そ、そうなのか。じゃあ、オウムに『マサヒロハ、コヒョウエガスキ』と覚えさせて、御厨子所に放すとか」
「誰が高価なオウムを飼ってるっていうんだ。それに、今上の食事を整える部屋が羽根とフンだらけになってしまうだろ」
「じゃあもういっそのこと、三日夜の餅を御膳棚に置いたらいいでしょう」
最後の台詞は、やけになってる宣方だ。
「あっはっは、ストレート過ぎるよ。恋心どころか結婚しろと脅しているようなものだろう」
腹を抱えて笑いながら斉信は答えた。すると突然、
「いいえ!!今のでひらめきました!私の持ち物で、尚且つ恋を打ち明ける贈り物が!」
天の啓示を受けたように天井を仰いで叫ぶ方弘。うっとりした目で見つめる天井の先にはひしと抱き合う小兵衛の君と自分の姿が浮かんでるらしい。
きっと頭の中も、小兵衛の君におのれの持ち物を拾わせる計画で忙しいに違いない。
「絶対に成功させてみせます!朝餉の御膳(あさがれいのおもの)の準備が始まる時間に、御厨子所にお越しください!私からの贈り物を小兵衛どのが愛しそうに抱きしめているところをしかとご覧に入れましょう!」
「しょ、承知したとも」
方弘の迫力に、皆、口をパクパクさせてうなずいたのだった。