鈴なり星

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小夜衣42・按察使大納言の来訪に戸惑う民部少輔

 

 

大納言はさっそく動き始めました。先触れせずに民部少輔の家を訪ねたのです。
「おかしい。いつもの方違えでは必ず事前に連絡が入るのに、ご訪問が突然すぎる」
家主の少輔はどれほどあわてたことか。対する大納言は、顔色を失ってもてなしをする民部少輔をじっと見たり、姫の気配でもないかと家の中をぐるりと見渡したり。その間、少輔の妻はとぼけたふりして給仕しています。妻はこっそり、
「さ、お母さんは忙しいから、あっちのお姫さまのお部屋に行ってお相手しておいで」
と例の小さい子に言いつけました。
その子は言われたとおりに姫たちのいる部屋に参上しますと、右近の君たちが、
「おや、母屋の方がにぎやかね。お客さまがいらっしゃっているの?」
そう訊ねます。子供は素直に、
「うん。按察使大納言ってえらい人が来てるんだよ。ぼくのお父さんのご主人さまなんだ」
と答えました。右近や小侍従の君たちは、
(ああ…とうとうここから出られる時が来たんだわ!)
と胸がいっぱいになりました。二人は子供に頼みました。
「賢い子や、お願いがあるのよ。今から渡すお手紙をね、その大納言さまにこっそり差し上げてちょうだいな。いい?お父さんやお母さんに絶対見られないように、こっそり渡すのよ?大納言さまのおそばにピタッとくっついて渡すのよ?できる?」
「うん」
「えらいわ、とっても賢いわね。がんばって誰にも見られないように渡してね」
手紙を受け取った子供は、大納言がくつろいでいる部屋に行き、いつものように大納言にお行儀よく挨拶を申し上げました。
「おお、ほんの少し見ないうちにずいぶん立派な挨拶ができるようになったな。どこの若君かと思ったぞ。
ささ、もっとこっちに来なさい、賢い子や」
大納言は目を細めて、笑顔で子供をそばに寄せます。
その子が気を許しやすいように、いつもより一段と親しげに話しかけましたので、子供も手紙をすぐ渡せました。
女房の言いつけどおり、誰にも見られず渡せました。待ちに待った大切な手紙です。大納言は広げて読みました。山里の家で読んだのと同じく、我が娘が助けを求める手紙です。
大納言は手紙を読み終わった途端、
「これは誰からの手紙か?どうみても行方不明の我が娘の手蹟だが」
と不快感をあからさまにして言いました。
「なんとも不思議なことではないか。この幼い子から今もらった手紙には、ここ数ヶ月間探し続けている娘が『この家に閉じ込められている、助けて欲しい』と訴えておるぞ。どういう事なのだ」
大納言の問いかけに、民部少輔は手にも背中にも冷や汗が流れ、言葉も出ません。
「この手紙がまことならば、どこにどんなふうに我が娘を置いているのだね?今回の方違えで娘の居場所がようやくわかった事は、まさしく神仏のありがたいお導きだと思われる。どういう事情で娘がこの家にいるのだ?おまえがさらってきたのか?第三者がここに預けたのか?ただごとではないぞ。詳しく言いなさい」
きびしい問い詰めに、少輔は生きた心地もしません。
子供が手紙を大納言に渡す直前に見つけてさえいれば、取り上げてさえいれば、事が発覚することもなかったのに…と少輔は怖気づいて声も出せず、ひたすら平伏しているばかり。
業を煮やした大納言は、
「もうよい。我が娘のいる部屋に案内せよ。直ちにだ」
そう言い放ち、子供に先導させて、姫のいる部屋に足早に向かいました。