鈴なり星

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振り返れば奴がいる? その3 まじないの結末は…

 

 

月明かりに照らされながら、斉信が何かに耐えるようにじっと立ち尽くしている…そんなふうに行成には見えた。気付かれないように、かなり離れたところで見守っているのだが、心配で心配でたまらない。流言飛語やまじないなど信じるつもりも無いが、斉信は深刻に受け止め過ぎて、どうやら取り憑かれてしまったのではないか。
狂気に囚われた斉信は、やがてこの廃寺の周りを、アサの実をまきながら重い足取りで歩き始めるだろう。そして、あのくだらなくも恐ろしい呪文を唱えながら、そう、後ろを振り向くに違いない。その時、一体何が浮かび上がるのか。
斉信、ああ一番大切な斉信。もしもあなたの命が危険に晒されるなら、私は喜んでこの身を身代わりに捧げよう。俊賢どのに導かれ、あなたと言葉を交わしたその日から、私の人生は変わった。何の甲斐もなく人生を過ごしてきた私を生まれ変わらせたのはあなただ、あなたとともに居られるからなのだ!物怪ごときがあなたをさらうなど絶対許さない!
今が相方の危機と感じ取った行成の頭の中を、普段なら考えつかないような恥ずかしい言葉がすらすらとよぎっていった。


袋からアサの実を一掴み、前かがみになってネコのような忍び足で、パラ、パラと地面に散らす斉信の姿を、行成は恐怖の目で見つめていたが、斉信としてはスキップしながら回りたいとでも思っていたに違いない。努めて厳粛な気持でコトにあたらないと、恋人(になるはず)の幻は機嫌を損ねてお出ましにならないだろう、そう考えつつ、ついに斉信は闇の中、廃寺の周囲を回り終えた。歩いた跡にはアサの実が点々と落ちている。
さあ行成(の幻)出て来い!そして、私のまいたアサの幻を刈って刈って刈りまくるのだ!刈りながら私を追いかけて来い!私がこの腕でしっかりと抱きとめてやる!
斉信は背筋を伸ばし、腹の底に力をこめた。
「私はアサの種をまいた、アサの種を私はまいた。私をもっとも愛する人は、私を追いかけてきて刈り取れ!」
まもなく背後に現れるであろう気配、忍び寄る音のない足音を聞き逃さないように、斉信は神経を研ぎ澄ました。
「……ただのぶ、どの…」
現れたか!まさか幻がしゃべるとは!斉信は行成の姿を思い浮かべ、ゆっくりと後ろを振り返った。
そこには、中将宣方が立っていた。
しかも幻ではなく、本体だった。
「こんばんは、斉信どの。よい月夜ですね」
突然、思いもかけない人物が思いもかけない場所に現われて、頭の中が真っ白になる斉信。
「や、やあ中将。こんばんは。どうしたんだい、こんな寂しい場所で君に会うとは思いもしなかったよ」
「それはわたしのセリフですよ。こんな人気のない荒地で、見覚えのある牛車を見かけたので近づいてみると、あなたの従者どのたちが、門の向こうに主人が入って行った、と言うじゃありませんか。驚いて入ってみると、なにやらあなたの叫ぶ声がして。
……何をしていらしたのです」
「……」
「言いたくないお気持ちわかりますよ。最近巷ではやっている、アサの実のまじないをしておられたのでしょう?あんなくだらないまじないごときを、頭中将ともあろう方が大まじめに実行なさるなんて、思いつめた片恋でもしておられるとしか」
斉信は頭をフル回転させて、返事を考えた。
言質(げんち)を取られるような返事はできない。
あなどられてたまるものか。
「…それはどうも。ご心配ありがとう。立ち寄ってくれたお礼に、悩みが解決したら、きっと君に報告するよ」
だからさっさとこの場から立ち去ってくれ、と言わんばかりの冷ややかな声で宣方を突き放したつもりだったが。
「何をおっしゃいます。この近くの別荘から戻る途中、偶然にもあのまじないをしている最中のあなたに出逢えるなんて、これこそ、長年のわたしの想いを憐れに思われた観音さまのお導きに違いありません」
「へ?」
「あなたのマネをして朗詠しようとしたり、宴で楽器の共演したさにコネを使ったり、近衛武官になる為に、ワイロ戦術に励んだのも、いつもあなたと共にいたいからなのです。女御お抱えの清少納言がうらやましい。あなたといつも楽しそうに話している。けれどわたしは、あなたのまじないの現場に呼び寄せられた。これが偶然であろうはずがない。この事は、斉信どの、あなたがわたしと同じ気持でいてくれたと考えてよいのですか。夢ではないのですね。
…ああ感激です!!」
「離せ!!」
「離しません!!」
狩衣の袖にしがみついて離れない宣方を、必死で振りほどこうと格闘している彼の背後から、
「…斉信…」
と声が聞こえた。
「ったくややこしい場面で今度は誰だ!
 …って、ゆ、行成??」
現れたのは、アサの実をまき始める前から一部始終を見つめていた行成である。
もちろん幻なんかではなく本体だ。
「…そうだったのか…そういうことだったのか。私は、あなたが物怪にでも取り憑かれたのではないかと思って…幻などより実体が現れる方が、きっとお互いの想いも強いというものなのだろう。邪魔をして申しわけない、宣方どの。私は帰るから、心ゆくまで二人きりで過ごしてください。この辺は物騒だから、気をつけて…」
かなり狼狽した声でそう言うと、行成はフラフラした足取りで門の方へ歩き出した。
「ちょっと待て行成!おまえいつからどこに隠れていたんだ!誤解だ!これには訳が!私の話も聞いてくれ!!」
「まあまあ照れないで下さい斉信どの。デバ亀が隠れているとは思いませんでしたが、これでようやく二人きりになれますね。うふふ。あ、行成どの、気をつけてお帰りくださいねー」
「私を置いて帰らないでくれ!何でこんなことになったんだ~!」
すでに姿の見えなくなった行成のいた方向に向かって、空しく絶叫を続ける斉信であった。


(終)