鈴なり星

平安古典文学の現代語訳&枕草子二次創作小説のサイト

平安創作小説

それぞれの矛盾Part3

行成は立ち上がり、斉信の横に座り直した。「斉信。悩んでいないで打ち明けてみませんか。きっと大丈夫。結果、自分は何を恐れていたんだろうかと馬鹿馬鹿しくなりますよ」「取り返しのつかなくなる場合だってあるよ」「では思い切って、一度壊してみてはど…

それぞれの矛盾Part2

「最初はね、よく似ている人を好きになればきっと忘れられると思ったんだ。顔立ちの似ている人、心ばえの似ている人…違う、と感じたらすぐに乗り換えた。でもね、とてもよく似ていても、一部分でも違う面を見てしまえば、たちまち醒めてしまう。それでね、今…

それぞれの矛盾 その2

「やあ行成。ひ・さ・し・ぶ・りっ」先触れがあってしばらくしてから斉信が几帳の向こうから顔をのぞかせた。斉信が我が家に来るのは久しぶりのことだ。「ひさしぶり…って毎日宮中で一緒じゃないですか」「君ん家に遊びに来たのが、だよ。といっても20日ぶり…

それぞれの矛盾 その1

行成だ。あいも変わらず忙しい毎日だが、諸用に振り回され己を磨く時間もないなどとほざくようでは、一人前の貴族は勤まらない。自分のことを無能とは思わないが、努力を怠るようであれば、すぐに足元をすくわれ、信頼を失うのは想像に難くない。ハイソサエ…

僕が左遷された理由(わけ) その3

狼藉をはたらいた本人は、自邸から逃亡する気はさらさら無いが、あらゆる出入り口は検非違使庁の派遣した武士たちに囲まれた。数刻後、闇にまぎれてもう一人の蔵人頭が馬を飛ばしてやってきて、武士たちの間をすりぬけて、屋敷の中へ入っていった。「斉信殿…

僕が左遷された理由(わけ) その2

「だんなさま!大変でございます。頭中将さまが、血相変えてこちらに向かってきております。…ああっ来られました。先触れに中将さまが追いついてしまわれて」女房がこけつまろびつ大あわてで俊賢に取り次いだ。ここは源俊賢の屋敷。今夜は特に予定も入ってい…

僕が左遷された理由(わけ) その1

藤原行成の蔵人頭としての評価は、公卿たちの間では大変高い。精励を極めた勤務ぶり、事務処理の要領のよさ。清廉潔白な人柄は、常にひかえめな黒子役に徹する態度から押し測れようというもの。就任当時、『地下人が、どのようなコネを利用して俊賢殿にとり…

思考青年 その2

爽やかな若草の香りがする。雨がやんだのかな。あれ?私は寝てたのか。たしか行成が調査報告書のことで来てたよな。斉信はしょぼくれた目をこすって壺庭を見ると、やはり相変わらず雨は降り続けている。「私は寝てたのか。…なんだい?それ」床の上に折敷が置…

思考青年 その1

開け放した御簾の向こうの前栽に、雨に濡れた菖蒲の群れが見える。五月の長雨に乾くひまもないその花びらは、涙に濡れた高貴な女人の袖のようで、同じ紫でも、日の光を受けて耀く藤の花とはまた違った風情がある。ああ、うっとうしいなあ…。それまで書き物を…

第一回直撃レポートin大学寮

私は頭の中将藤原斉信。私は今、朱雀門を出て南にすぐの、大学寮という所の門前に立っている。ここへ来たのは近衛府の仕事でもなければ蔵人としての仕事でもない。とある筋からの依頼で、大学寮の職員にインタビューにやってきたのだ。え?誰の以来かって?…

雪だるま

「…予想はしていたが、無断欠勤だらけだねえ」出勤した殿上人のあまりの少なさに、斉信がぼやく。四日ほど前までの春のようなのどかな天気から一変、北西からの強い風が吹いてきて、湿気をたっぷり含んだ雪雲を山の彼方から連れてきた。なんともいえないほど…

プレッシャー その3

俊賢の出て行った方角を見ながら固まったままの斉信に、行成が声をかけた。「あのう、中将様?」「…ああ、行成殿。『斉信』でいいよ。行こうか。女房たちがお待ちかねだ」二人は立ち上がった。かなり動揺している斉信ではあったが、行成に知られてはまずい。…

プレッシャー その2

夜になった。猟官合戦でふるい落とされた者たちがいなくなり、殿上の間はようやく落ち着きを取り戻した。上達部たちとのあいさつも一通り済んだ斉信はようやくひといきついた。あとは新蔵人頭と対面して、後宮の女御さまやら女房方に挨拶回りして…と考えてい…

いちご狩り その2

「やあ、いらっしゃい。待っていたよ」斉信が機嫌のいい声で迎えた。「お招きにあずかりました。斉信殿」と言いながら、行成は斉信の出で立ちを見てビックリした。斉信はなんと、桜萌黄の直衣を麻縄でたすき掛けにくくっている。「斉信殿…」二の句のつげない…

いちご狩り その1

霞に煙るおだやかな三月のある日。観桜の宴を数日後に控えて、準備に追われていた頭の中将斉信は、参内を終えてようやく内裏から解放された。観桜の宴は原則として、宮中の桜が満開寸前に行われる。従って、毎年行われる日程が違うため、陰陽寮の気象予報係…

プレッシャー その1

頭の中将はさがしていた。秋の、やわらかな日差しがそこかしこに落ちている陽明門である。つい二週間ほど前まではあんなに蒸し暑かったのに、今は乾いて透明な風が通り過ぎている。日差しはまだ暑さを残しているが、風はもうほどよく涼しく、頬に当たって気…