鈴なり星

平安古典文学の現代語訳&枕草子二次創作小説のサイト

第四回直撃レポートin後涼殿 その3

 

 

――真冬にひすまし女が増員されるのは、全女官のトイレの回数が増えるからなのですか。


「屋外トイレじゃなくて、ほーんとによかったですわ。室内のすみっこにある『おまる』で十分。寒風吹きすさぶ中でしゃがみこむなんて、痔になってしまいますものね」


――そのあたりには、大いに共感できるものがありますよ。


「夏は夏で、これまた大屋根の熱気と庭の白砂の照り返しがきつくて。風がそよとも部屋の中に入ってこない日などは、もう暑さのガマン比べですのよ」


――暑さ寒さの環境は、我々男性とそう変わらないですね。
何か我々の気付かない要望点とかはありますか。


「夏は嵯峨あたりに、冬は出湯(いでゆ)のあるところに内裏が移動すればいうことなしなのですけれど。
ま、そんな冗談は置いておいて、この国で、御所より住みよい環境なんて、そうそうありませんわね。食べ物も時々贅沢なものをいただけますし、武士たちがいるので夜盗などの心配もそれほどせずにすみます。
そうですわねえ…節約しなければならないことはわかってはいますが、もう少し、冬用のトイレットペーパーを考えていただけないかしら」


――用を足したあとの、アレですか。


「あなたがた高級貴族はそこそこ自由に使えるかもしれませんが、わたくしたち一般公務員は、ハナ拭く時も袖や手だし、アレだって木片(へら)や草の葉で代用していますの。夏はまだいいんですけど、冬は痛くて痛くて。何か良い代用品でも考えてくださいな」


――(もう帰りたくなってきた…)涙の玉に濡れる袖、ではなく、ハナ水でゴワゴワになる袖ですか。たしかに冬は柔らかな若草など見つかりませんし、木の葉でハナをかむと、鼻の下がすりむけて痛いでしょうね。あっちの方の痛みもお察ししますよ。わかりました、もう少し柔らかな葉の常緑樹や草を植えるように、検討してみましょう。


「あとですね、白粉(おしろい)がぜんぜん足りませんの。もっともっともっともっと支給してくださらないと。コッテリコッテリ、さらにコッテリ真っ白に塗りたくって出勤するのが当世の流行なのです。米粉を溶いた白粉なんて野暮ったいものではなく、鉛を酢で蒸した上等品を支給してくださらないと。
あなたがた公達も、あか抜けない容貌の女官とおしゃべりなんていやでしょう。贅沢を主上が好まれませんので控えめにしていますが、顔のつくりだけは、これだけは絶対に譲れませんわ!」


――とりあえず申請してみます。
女御付きの私的後宮女房も、同じような境遇ですか。


「女御さまのご実家で用意される私的女房の福利厚生は、我々よりはマシでしょうね。
今のスポンサーは大金持ちの超セレブですもの。ご自分の娘の住む御殿に主上を引き止めるためには、金に糸目などつけませんことよ。衣装といい調度といい、うらやましくない、といえばウソになりますわね。ただ…」


――ただ?


「主上にただいま女御さまはおひとりですが、普通3人くらいは上がられるもの。そうなると女房たちの世界も厳しくなりますわよ。
まず女御ごとに派閥ができますでしょ。そして同じ派閥内でも、それぞれの競争はたいそうえげつないと聞いておりますわ。”内ゲバ”に悩みぬいて、結局離職してしまう女房も多いとか。
ま、個々の女房がしのぎを削る付き合いに終始するのは、女御さまがおひとりであろうが複数であろうが同じですわね」


――おもとのおかげで、女官に普段絶対聞けないシモの話が聞けましたよ(げっそり)。
今日は本当にありがとうございました。


「あら。女房同士の陰険なツノのつつき合いやうわさ話、聞きたくはございません?
職場での人間関係の不満は離職理由の第1位。荒ぶる女たちの実態、ざっくばらんに言わせてくださいな」


――典侍のおもと。そっそれは福利厚生とは何の関係も…


「福利厚生と人間関係が良好になれば、働きやすい職場となって労働意欲も向上しますわ。それと何ですの行成さま。さっきからおもと、おもとって。ツレみたいに馴れ馴れしく呼ばないで下さいな。あたくしこれでも最前線で指揮を取る立場ですのよ。それに荒ぶる女官たちの実態、まだまだぜんぜん話足りてませんわ。もっと腰を落ち着けてじっくりと聞いていただきませんと。
誰か、行成さまをズズッと奥に案内して差し上げて。ズズッとね。それから御菓子と白酒の用意もね。行成さま。手厚いおもてなしをさせていただきますわ」


――(命婦たちだ。どこに隠れていたんだ…うわいきなり羽交い絞めか!)もうこれだけで十分荒ぶる体験できましたから、カンベンして下さい!
って、うわわ…わっわあぁーーっ!

 

 

 ―――  暗  転  ―――

 

 

(よろよろ)はあはあ、はあ。ようやく解放してもらえた。ああ恐かった。命婦たちに囲まれたときは、機動隊に踏み込まれたかと思ったぞ。ヤジ馬たちめ。
敵のワナにはまった、という感じのインタビューだったな。あんなにがっついてる女官たちは初めて見た。今日はもう報告書をまとめる気力がない…待てよ、果たしてまとまるのか。
一体何から書いてよいのか。用を足したあとの拭くモノをもっと柔らかくしろ?真夏の、帝の食べ物保存用の冷却氷を、冷房用にまわせ?回し読み用の写本をもっと作らせろ?アバタづらを隠す白粉をもっと上等にしろ?これを、これをどうやったら主上にお見せする文面にできるのだ。
荒ぶる女官たちの実態をかいま見ただけでもう十分だ。恐ろしきは宮仕えに慣れ切った女官。今回の所感はもうこれ以外には考えつかんぞ。
両腕をとられて羽交い絞めされた時は喰われるかと思った。しかし誰も今日の体験を信じてはくれないだろう。トホホ。

(終)

・『平安王朝かわら版 京都新聞社編』参考にしました