鈴なり星

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源氏物語の女房たちの主従関係3・浮舟の女房侍従の君のつぶやき

 


高貴な御方々に『おしどり夫婦』がどれくらいおられるのか私には見当もつきませんが、あの匂宮さまと中の君さまは互いに愛し愛され、まことに仲の良い御夫婦だとの評判でございます。
もっとも、背の君の愛情が過剰すぎるからでしょうか、有り余るなさけ心をあたりかまわずふりまくお癖が。
その惚れっぽさの犠牲になられたのが我が主人の浮舟さまでございます。
私は側近女房の侍従と申します。
もう一人、右近という側近の女房もいましたが、浮舟さまが失踪された今、右近の君は宇治に残り、他の女房たちはよりよい働き口を求めて散り散りばらばら。この私は、ありがたいことに匂宮さまのもとへ出仕のお誘いを頂戴いたしましたが、いろいろ考えた末、明石の中宮の女房として上がらせていただくことになりました。
たしかに今までの草葉の陰のような不如意な生活からは解放されましたが、中宮サロンは目の眩むようなゴージャス感に包まれ、女房同士も妍(けん)を競い合い、それはもうきらびやかな品格に圧倒されるばかり。ですがその裏では、うその噂を言いふらしたり派閥をつくったり、そりゃあ気骨が折れるってものですわ。女主人のつれづれをお慰めするために、皆さま一日じゅうおしゃべりやうわさ話に花を咲かせて暮らしているんですの。

他人の悪口やうわさ話、大好きですわ。
よその女御さまの話だろうがハイソな姫君の話だろうが、遠慮する必要なんてあります?お仕えの場は、大事な大事な情報交換の場なんですよ。忠義心なんて、本音を言えばこれっぽっちもないですし、あるのは主従関係のギブ&テイクだけ。情報交換で、より良い勤め口への口利きがあれば、「ちょっと宿下がりを」と言ったままそれっきり。新しい職場へ鞍替えしてしまうということだってザラですわ。
さきほど申しました中の君さまだって、生まれた直後に乳母が中の君を見捨てて逃げたそうじゃないですか。召使いって、本当にシビアなものなのですよ。

こんなにわけ知り顔に女房事情を語るなら、複雑な人間関係の波をさぞかし悠々と泳ぎきっているだろうと思われるでしょうが、まあ聞いてくださいな。
私、中宮さまのもとへ出仕する際、愛息子の匂宮さまからの口ぞえの女房ならば、上﨟とは無理でも、中﨟女房扱いでお仕えできると期待してたんです。燈火を点けて回ったり、御格子の上げ下げしたり、お食事を運んだり、下級女房や女童の管理をしたり、そんなお仕事かしらと思っていたのに。
それがまあどうでしょう。いざ上がってみますと大部屋の下﨟のような扱い。はした女同然の雑事が多くてイヤになりますわ。
そりゃあ仕事は浮舟さまのもとにいた頃とたいして変わりませんけどね、でもあの匂宮さまからの紹介なんですよ?もう少し優遇してくださってもいいじゃありませんか。こっちとしては、女房としてのスキルを上げたくて必死ですのに。
まあ、『中宮のもとに勤めた』経験は、これからの人生にきらびやかな箔(はく)をつけてくれるでしょうけどね。