鈴なり星

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胃も痛くなる一条天皇のつぶやき

 


…朕はここの所みぞおちがシクシク痛んでしかたない。
でも誰にも言う事は出来ない。なぜなら、一言でもつぶやくと痛みの原因なる人物たちが必ず飛んでくるからだ。
そう、「たち」というからには複数。しかも三人。その中にはわが母君もいらっしゃる。母君たちのせいで、朕のみぞおちは平穏という言葉を忘れてしまったみたいだ。


関白道隆がはしかで亡くなって以来、中納言道長と内大臣伊周の間の溝はますます深くなったようだ。二人とも、朕の前ではいがみあいのそぶりなど見せず、穏やかな態度をとってはいるが、女官たちのうわさはやはり聞こえてくる。


ある日宮廷競射会が行われた日のこと。道長と伊周が命中率を競って、道長が僅差で勝った。その時伊周の父親の関白道隆が、伊周をヒイキにして延長させたあげく、またまた道長が勝った。しかも道長はこの時、矢に何か願かけしたそうだ。口惜しさに唇をかんだ伊周たち…何という格好の悪さだ。
また別の日には、鴨川に禊(みそぎ)に出かけた道長の従者らが、禊を終えたばかりで休憩していた伊周方にずいぶんと無礼を働いたそうではないか。


とにかく二人は仲が悪い。血縁関係と年齢では道長がすぐれ、宮廷の序列では伊周が有利。朕はまだ、関白道隆が亡くなったあとの関白職を空席にしているのだ。彼ら二人の一方を関白にすれば、他方の恨みが恐ろしい。二人は互いに反目し、ツノをつき合わせているのだ。
そこへ介入してきたのがわが母君だ。息子である朕が言うのも何だが、この母君はたいへんな『教育ママ』で、朕の幼少時代からやる事なす事口出しがひどい。しかも母君は中納言道長の姉君でもあられる。
いや、話のスジはわかっているのだ。
伊周は故・道隆が、わが子カワイさのお手盛り人事でグングン官位をつり上げただけであり、道長の方が血筋も実力も関白にふさわしい。

それはわかっている。わかってはいるが。

結論を決めかねて朕は逃げまわった。しかし母君はどこまでも追いかけてくる。
「私はあなたのために言うのです。道長を関白にしてあげなさい。わかりましたね!」

朕は、母君の鬼のような形相と迫力に負けた。だが、道長を正式な関白にはせず、『内覧』にとどめた。朕だって教育ママに反抗したい時がある。なぜなら伊周は、愛する定子の実兄だから。これくらいは抵抗させてほしい。


しかし、そんな朕の思いも伊周にはわかってもらえなかったようだ。彼は朕の宣旨にすっかりフテくされている。とうとうこの間、犬猿の仲の道長伊周両名は、宮中で口論の挙句、つかみ合い寸前の大騒ぎを起こしてしまった。その3日後には従者も交えて大乱闘。さらに5日後、伊周の家臣が道長の家来を撲殺。


伊周よ。
そなたはぜんぜんわかってない。
愛する定子がいればこそ、そなたをかばってきたのだ。
今の栄光はそなたの実力でつかみ取ったものではないのだよ。
人の心を読む敏感さも、政治のかけひきも、慎重さも大胆さも、みんなみんな道長のほうがすぐれているのだよ。
どうして、それほどみっともない行動を起こすのだ。朕は定子を守りたい。
後ろ盾のそなたがヤケになってどうするのだ。これ以上問題を起こされると、もう朕は母君と中納言(道長)に押し切られてしまうだろう。
ああみぞおちが痛い。だれか助けて。