鈴なり星

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第三回直撃レポートin典薬寮

 


私の名前は藤原斉信。私は今、広大な大内裏の西側、典薬寮の門の前にいる。普段の私は、ここにそれほど用事はないのだが、さる高貴な血筋の御方からの命により、典薬頭にインタビューをしにきたのだ。
さる高貴な血筋の御方からの拝命も、これで三回目。今回の依頼内容は、
「医師から見た貴族の健康生活」
だ。
さる高貴な血筋の御方が、ご自分を支えている者たちの健康をお気遣いになられるなど、なんとおやさしくご聡明なお考えだと私は感銘を受けたよ。

典薬寮というのはまあ、医療衛生の中枢府とでもいったらいいかな。漢方医学の教育機関であり、鍼灸や按摩(あんま)の医術の教育、薬草を栽培して薬学の教育などを実践している。
頭というのは文字どおり長官で、現在は丹波康頼殿だ。相当な老翁であられるが、畏れ多くも今上の侍医であり、鍼技術にかけてはこの方の右に出る者はいない。家庭の医学書『医心房』の著者で、長生きするための極意を説いておられる。もうお一方、和気殿というお方もいらっしゃって、この二つの家が天皇家を支える医療チームのツートップだ。
丹波殿に関しては千年後の子孫に丹波哲郎という霊界おじさんが出現するそうだが、これから千年もおのれの系累が連綿と続いていくというのがうらやましくて仕方がないよ。
さて、老翁であられるから、あまり疲れさせても気の毒だな。インタビューは無駄なくさっさと終わらせることにしよう。

 


――お邪魔します、丹波殿。


「おお、頭中将殿。お話は伺っておりますよ。しかし今上も面白いお方であられますな。いつもわたしと顔を合わせておられるのに、このように第三者を間において、話させるなどとは。フォッフォッフォ」


――そのお名前は伏せていただきたいのですが…まあ、歯に衣着せぬ率直な意見を伺いたいのでしょうね。直接お耳に入れにくい煩わしいことは、御前ではなかなか言えないでしょう。


「たしかに。玉体を触診中に、お心を煩わせるような小言は言えませぬ。わたしの役目は、今上のご健康をお守りするのが第一なのですから」


――その『健康』ですが、昨今の我々の生活態度は医師の立場から見るとどうですか。その辺りから詳しく…


「うう~ん、難しい考察ですなあ。なぜかといいますと、良い点などほとんど見当たらないからですわ。こんなこと申し上げると、公卿さま方から何と言われますことやら」


――この報告書は帝だけがご覧になられるものですから。遠慮なさらずに。


「貴族、と十把一絡げに言いましても、上は関白から下は五位六位、生活が全く違うので、一概には比較できませんなあ。一つだけ確かな事は、
『上になるほど動かない』
ですな。とにかく歩かないことがいけません。移動手段も牛車です。部屋にいても、雑用は全て家来や女房がすることになっとりますし、文字どおり『箸より重いものは持たない』生活ですな。それに歩かないので部屋にこもりがちです。あれほど広大なお屋敷をお持ちの公卿さまがたですが、お渡りになられる場所はいつもほぼ同じ。パターンが決まっていて、脳を刺激する事柄に出会いにくいので、失礼ながら、おボケになるのも早かろうと予測されます」


――ボケるの早いですか。


「五位や六位だった頃と同じくらい歩いてほしいですな。とにかく足腰に刺激を与えて下され。でないと病気への抵抗力もつきません」


――他にはどのようなことが。


「悪習慣としてはやはり、『徹底した夜型生活』これが一番でしょうな。宴会も、頭中将殿の大好物の逢引も、全て夜間に行われていますが、これはよくありませんなあ。
本来、人というものは日の出とともに起きだして、日の入りとともに休むという身体のつくりになっとるんですよ。それができないなら、できるだけ同じ時刻に寝起きする、というふうにでもしていただきたいものです。同じ時刻に起きて寝るだけで、体内の『気』が安定して、体調もよくなるのは間違いないんですが、我々典薬寮職員の啓蒙活動が行き届いていないせいか、自律神経失調による不定愁訴に悩むお方のなんと多いことでしょうか。はあ」


――根回し事や、それらに伴う宴会などは、大概夜に行われますからね。


「そう!その宴会に関係していることでも問題はありますぞ。飲みすぎ食べすぎですよ。特に、頻繁に行われる深夜の宴会での飲み食いはできるだけやめていただきたい悪習慣ですな。深夜に飲食するのは百害あって一利なしといいます。胃袋に大変な負担となりますのじゃ」


――食べすぎって…それほどがっついて我々食べてますか。贅沢しているとも思えませんが。


「一般庶民が食しているヒエご飯・イワシの干物・カブやゴボウの煮物に比べたら、高級貴族はフナ鮨やら鴨やらアワビやら、十分すぎる贅沢です。見ようによっては、たしかに大したものは食べとらんかも知れませんが、そのかわり、品数だけは多いでしょうが。一回の宴会で二十皿三十皿など当たり前に出ますので、単調な栄養素を大量に摂取するという、悪い食事のとり方ですな。そのうえ大量の飲酒…ほんっといけませんなあ。何とかならんものですかのう」


――ううむ。とても耳が痛いですね。つきあいで食べているようなものですから、今後はもう少し控える事にします。しかし、三十皿とはいっても、一つの皿におかずなんて、わずか耳カキほどの量ですよ。いや耳カキは少々大げさですが。


「チリも積もればなんとやらですよ。あなたがた高級貴族が一日にどれくらい食べとるんかというとですな、貴族は一日に米五合給付してもらっとることと、一般的なコース料理(粥、鴨料理、フナ鮨、素焼き、干物、瓜粕漬け等)+酒を考慮しますと、宴会時は、
『3500キロカロリー』
という驚くべき摂取量が出ます」


――ええと、よくわからないので驚けません。


「なるほど。では高級貴族の一日のだいたいのエネルギー消費量はどれくらいかと言いますと」


――エネルギー消費量って何ですか。


「生きるのに最低限必要な基礎代謝量と、睡眠や呼吸をしたり散歩したり、階を昇り降りしたり、読書・立ち話・蹴鞠などの娯楽をしたり、そういう動作に使われる生活活動代謝量を合わせたもののことです。それは、
『1800キロカロリー』
一日たったこれだけです。計算して我ながらびっくりの少なさですわ」


――すみません、やっぱりよくわからないのでびっくりできません。


「わからんお人じゃな!あんたら食べた分の半分しか動いとらんと言う事じゃ!キリキリ動かんと、臓腑のまわりに脂肪がねっちり重なって早死にすることになりますぞ」


――(うわ怒らせたっ)ハ、ハイ。ごめんなさいよくわかりました。
ところで、よく調査できましたね。我々の一日の活動量なんて。


「以前、こころよくサンプルになって下さった方がいらしたんですよ。行成殿なんですが、調査対象にとお願いしたところ、あのとおり真面目な方ですから、
『私の日常生活が医師殿の参考になるのでしたら』
と素直に引き受けて下さいましてな。行成殿の日記も快く拝見させていただきました。日記の写しがホレここにありま」


――!ちょっと待て!聞き捨てならないな。なんでアンタがそんなもの持ってんだ。


「話は最後まで聞きなされ。調査のために、一部分写本させていただいたんですよ。ガラが悪くなってますぞ頭中将殿?」


――申しわけない。丹波どの、ちょっとその日記の写しを見せてもらえないだろうか (←懇願)。


「??よろしいですが?」


――(どきどきしながら冊子をめくる)
一月三日。花山院に参り、道長邸にも行った。そのあと顕光邸に伺って、参内後、斎院にも参った。○○どのと同車(ナニ?○○と同車だと!)。
一月四日。公季どののお屋敷に伺う。公卿五人、殿上人十人と一緒。そのあと○○宮に参ったが、物忌みというので門外から引き返した。そのあと○○邸と○○院にお伺いする。
一月七日。参内。天皇は万事凶の日ということで、出御されず。白馬節会は通常通り行われた。
一月十八日。参内。賭弓。その後道長邸に寄り、また参内。それから世尊寺に行き、帰邸後文書整理。
一月二十一日。参内。顕光邸、公季邸、花山院、帥殿、世尊寺、道長邸に参った。疲れた。


………
(日記を見れたことで感激のあまりしばし絶句)


「いかがかな?多忙な方でありましょう。適当に抜粋しただけですが」


――高級貴族であっても下っ端ならばこれくらい動いてます。私だって活動的な部類に入ると思いますよ。コマネズミのようにこき使われて…


「ならばこれからもキリキリ働いて、ぜい肉を身体に貯めこまないことですな。それと食事もお酒もひかえめにされるがよかろう」


――なにやら反省点ばかりお聞きしましたが、こんな我々の生活態度でも良い点があるのでしょうか。


「そんなに恐縮せずともよろしい。人間、何か一つは美点があるものです。ただれた生活をしている高級貴族さまがたでも、もちろん健康に良いことはなさっておられる。アラ探しをするように探せば、ようやく良い点が見つかると言う程度のことですがな。それは、ものを噛む回数がまあまあ多いということです」


――??噛む回数ですか?


「たかが歯で噛むくらいと、あなどる事はできませぬぞ。噛みしめる刺激は頭を鍛えることになりますので、噛めば噛むほどボケ防止に役立ちます」


――なるほど。良いことを聞きました。


「とはいえ、一般庶民は高級貴族さまがたの3倍は噛んでおる。柔らかな食べ物は口当たりが良いが、なるべく堅いものを積極的に摂取されるが良いでしょう」


――よくわかりました。本日はありがとうございました。

 


こんなものだな。さすが典薬頭、辛辣だなあ。ずいぶんな言われようだけど、返す言葉が見つからないぞ。なんだか説教された気分だな。
インタビューを要約すると、
「医師から見た貴族の健康生活は、文句を言いたいことばかり」
ということか。う~ん、これをどう報告書に書こう。健康生活には程遠く、たらふく食って動かない、その検証と考察。所感はどうしようか。典薬寮に、健康人になるための啓蒙活動をもっと広めてほしい…ヨシ、これで行こう。後継ぎを立派に出世させるためには、やはり親たる者が、いつまでも健康でいなくてはならないものだ。
しかし今回のレポートでは、行成の日記が一部分だけど見れた。報告書もうまく書けそうだし、一石二鳥。一粒で二度おいしいとはまさにこのことだ。ふんふんふん。