行成だ。
先ほどまで私は、寒風吹き込む左近の陣に詰めている武官たちと、火鉢にあたりながら世間話をしていたのだが…
本音を言えば、もっともっとぐだぐだと皆にすがるように長話をしていたかった。これからしなければならない仕事のことを考えると…やはりキッパリ断ればよかったのか。
いや、お断りできるはずもない。
しかしきっとこの勅命の裏では、困難な仕事をさせたがる斉信が、おもしろおかしく今上にたわごとを吹き込んだに違いない。憂鬱だ。
だがこの仕事をとっとと終わらせないと、憂鬱に別れを告げることなどできないのだ。
本日の私の仕事は、またもや直撃インタビュー。
依頼内容は、
「福利厚生面から見た女官勤めの実態を聞く」
というものだ。
早い話が、
「職場(宮仕え)や労働環境に対する不満」
その具体例を聞いて参れという仰せを頂いたのだ。それで私はアポを取った女官頭に会うために後涼殿に向かっている。
後涼殿は清涼殿の西側。女官たちの詰所がある。
本日ここで源典侍という上級女官に話を聞くことになっている。
もともと今上への奏上・伝宣は、尚侍という超上級女官の職掌だったのだが、尚侍の君が帝に召しかかえられる慣習ができて以来、女官頭は典侍や内侍があたるようになった。典侍には今上の御乳母がつくことが多い。実務上のNo.1は、この典侍という話もある。
帝付き総合職の筆頭。現在この典侍は四人。いずれも修羅場をしのいできた、経験値の高そうなつわものぞろいだ。特にこれから話を聞く源典侍は、四十路をとうに越えたと思われる老女官で、女童のころに宮中に上がり努力と研鑽を積んできた方。老巧な指導で宮中を束ねている。そんな彼女たちの詰所にこんな用件で独りで乗り込むなど…正直言って足が震える。
ハッそういえば前回も足が震えていたような記憶が。
斉信もインタビュー前は緊張したりするのだろうか。それとも、私が臆病者なだけなのか?よってたかって典侍一派にいじめられ、因幡の白うさぎのようにひん剥かれ、泣いて逃げるはめにでもなったら末代までの恥だ。
このインタビューが典侍どののお気に召さなくて嫌われでもしたら、蔵人頭としての仕事に大きな支障をきたす。心してかからねば。
――お邪魔します。源典侍どの。お忙しいところ、時間を割いていただきありがとうございます。
「あら、あら。ようこそおいでくださいました。そのように、改まった態度でごあいさついただきましても。いつもお会いしているではございませんか。今日もねえ、このインタビュー希望者の倍率が高くて、決めるのにそれはもう大変でしたのよ。文句を言う命婦たちを黙らせるのがね」
――眼で黙らせた、というところですか。さすが当局No.1の有能典侍どのですね。大変気の張るお仕事をなさっていらっしゃる方だけあって、迫力もおありですし。
「ずいぶんくだけた言い方ですこと行成さま。そうですの、忌憚なくぶちまけてよいということなのですね。ではこちらも遠慮なく発言させてもらいますわオホホ」
――(しししまった!)なごやかにお願いしますよ。