2023-01-14から1日間の記事一覧
俊賢の出て行った方角を見ながら固まったままの斉信に、行成が声をかけた。「あのう、中将様?」「…ああ、行成殿。『斉信』でいいよ。行こうか。女房たちがお待ちかねだ」二人は立ち上がった。かなり動揺している斉信ではあったが、行成に知られてはまずい。…
夜になった。猟官合戦でふるい落とされた者たちがいなくなり、殿上の間はようやく落ち着きを取り戻した。上達部たちとのあいさつも一通り済んだ斉信はようやくひといきついた。あとは新蔵人頭と対面して、後宮の女御さまやら女房方に挨拶回りして…と考えてい…
さて、女房たちのうわさ話を聞いて以来、兵部卿宮の考える事と言えば山里の姫君の事ばかり。どうにかして逢う機会を伺っています。そうこうしているうちに、姫と一緒に暮らしている祖母の尼君が体調を崩し、お見舞いに宰相の君が行くことになりました。「心…
「やあ、いらっしゃい。待っていたよ」斉信が機嫌のいい声で迎えた。「お招きにあずかりました。斉信殿」と言いながら、行成は斉信の出で立ちを見てビックリした。斉信はなんと、桜萌黄の直衣を麻縄でたすき掛けにくくっている。「斉信殿…」二の句のつげない…
霞に煙るおだやかな三月のある日。観桜の宴を数日後に控えて、準備に追われていた頭の中将斉信は、参内を終えてようやく内裏から解放された。観桜の宴は原則として、宮中の桜が満開寸前に行われる。従って、毎年行われる日程が違うため、陰陽寮の気象予報係…
頭の中将はさがしていた。秋の、やわらかな日差しがそこかしこに落ちている陽明門である。つい二週間ほど前まではあんなに蒸し暑かったのに、今は乾いて透明な風が通り過ぎている。日差しはまだ暑さを残しているが、風はもうほどよく涼しく、頬に当たって気…