鈴なり星

平安古典文学の現代語訳&枕草子二次創作小説のサイト

狭衣物語17・逢いたい男、拒否する女

 

 

すさまじきものは師走の月とはよく言われるが、見る人見る時間が違えば、また格別なものとなる。狭衣は、明け方の寒気に澄み渡る師走の月を見ているうちに、どうにもこうにもたまらなく心細くなり、居ても立ってもいられず、乳母子の道季(飛鳥井女君をさらった道成の弟)を伴って、女二の宮のもとを訪ねた。
御門の管理する人もいないのか、いとも簡単に邸内に入れてしまう。庭を見渡せば、古びた深山木に吹き付ける風の音がおそろしく、雪の降り積もるさまは、人目も草も絶え果てて、これが同じ都のうちかと思うほどである。
狭衣の来訪に誰かが気付く気配もなかったので、特に呼びつけ案内させることもしないで、黙って奥に進んだ。
中門まで来て、狭衣は、
「初めて女二の宮を垣間見たときから悪夢のような契りまで、忘れてしまいたいことばかりだ。女二の宮が世を捨ててしまわれたのももっともなことだよ。尼にならざるをえなかった己が身を見るにつけても生まれた御子を見るにつけても、私のことを恨まない日はないだろうな。私がこれほど複雑な思いで女二の宮を案じているなんて考えもしないだろう」
とつぶやく。
誰か起きている人はいないものかと、邸内の気配に聞き耳を立ててみるが音もしない。
格子や戸が木枯らしに吹かれて、狭衣を誘うかのように音を鳴らす。昔のようにもう一度お姿をと思えば、とてもこのまま帰れそうにない。鍵がさしてないところを探して、風に鳴り止まない戸の音にまぎれて中に入っていった。
格子を少し押し上げると、御殿油がほのかに灯っているあたりが女二の宮の御座であろうと思われた。狭衣が想い描いていたのと寸分違わず、脇息にもたれて打ち沈んでいた。
女二の宮は、格子の音がしたのも木枯らしのせいと思っていたのに、ふいに柔らかな人の気配がしたと思ったら、男が、忘れようにも忘れられない憎らしい香りと共に忍び込んできたのがはっきりわかった。
夢の中だけでも忘れられれば、と願うほど恨めしい男がすぐそばまで来ている、そう思うと女二の宮は、気が動転して、単衣以外は全部脱ぎ捨て、御几帳の中から急いで滑り出ていってしまった。
狭衣は逃げられないように急いで重なっていた衣装を押さえたが、御袿や袙が手に残るばかりでもぬけのからだった。室内の様子もたった今まで女二の宮がここにいたようで、残り香などもそのままで、あと一歩だと思うと狭衣はうらめしくてたまらない。二の宮の、夜毎の涙を吸っている枕を見ると、

『衣の袖を片敷く独り寝に、あなたは幾夜泣き明かしているのだろうか。流す涙で枕が浮かびあがるほどに』

とこらえきれずにつぶやく。
女二の宮は、逃げはしたが部屋からは出るに出られず、すぐそばに隠れているのが気配で知られてしまうのではないかと息を殺していた。母大宮が亡くなられた際の狭衣の薄情さを思い出すにつけても、女二の宮は涙が次から次へと溢れてくるのだった。


もうすぐ夜が明ける。狭衣は、いつまでも女二の宮の御帳台で呆然としたままでは、恋に狂った男の例として物笑いの種になりかねないとあきらめ、ようよう起きあがろうとすると、ふいにかわいらしい赤子の泣き声がした。
(女二の宮と狭衣の子)若宮が目を覚ましたのだ。
その声に女房たちが次々起きだして、「誰か灯りを」など騒ぎ始めた。狭衣は、どうしようもなくただじっとしているほかなかったが、「忍び甲斐もなかったうえに、このままでは二人にとってつまらぬ浮名が立ってしまう」と、闇に紛れてここを抜け出す手段を考えていると、奥の方で女の身じろぐ気配がする。女二の宮の妹の女三の宮だった。
以前の自分なら女三の宮のもとへ逃げ込んだかも知れないが、女二の宮との一件ですっかり懲りた気がして、闇と木枯らしに紛れて何とか寝所から出た。
若宮のかわいらしい泣き声がまだ聞こえる。
このたびの帝と大宮の御子が、本当は自分の子であったとは知らなかったが、これからその御子を宮中で見かけるたびに、帝の御子として扱わねばならないと、狭衣は複雑な気持になる。いつまでも聞いていたいが、あまり長く立ち止まっていると誰かに発見されてしまうだろう、しかしこれほどまでにうまく取り繕われた大宮の深慮に改めて感心した。
薄暗いうちにようやく退出できたが、女二の宮の枕の涙が目に焼きついて眠れそうになく、帰邸した狭衣は御手水を使ったあと、仏前で早朝の勤行をしながら心の乱れをまぎらわしていた。



その頃、源氏の宮もいつもより早く起きだして、夜の間降り積もった雪を見ていた。狭衣が渡殿から対屋を見ると、すっきりとした身のこなしの家人が数名、雪まろばしを始めている。白い袿や袙だけの女童たちもいる。寝起き顔の女房たちのしどけない姿もそれぞれに趣があり、「足跡をつけるのが惜しいほどの雪だこと」「富士の山のような雪山をつくりましょう」などはしゃいでいる。
狭衣は自室を出て源氏の宮の住まいである対屋の方へ行き、障子のすきまからそっと様子を見ると、几帳なども全部片付けられ、源氏の宮は柱のそばで脇息にもたれかかり、雪まろばしを楽しそうに眺めていた。故皇太后宮の服喪中のこともあり、落ち着いた枯野重ねに吾亦紅(われもこう)模様の上着という、地味な衣装ながらすばらしい着こなしである。狭衣は源氏の宮の美しさをかいま見て、ああやはりこのようなまたとない人だからこそ他の女人に本気になれるはずもなく、自分をもまわりの人をも破滅にさせてしまったことよ、と後悔する。
雪山を題材に和歌を詠む女房も多く、狭衣も、

『思い焦がれて燃え続けるわが身こそが富士の山であることよ』

と一人そっと詠んだ。
その後の勤行に身の入るはずもなかった。


しばらくして、源氏の宮のもとに東宮よりお文がきたと聞き、狭衣はやましい嫉妬心から再び対屋へ行くと、母堀川上も来ていて、御文を見ていた。
御文の使いは東宮亮(とうぐうのすけ)で、居並ぶ女房たちにもてなされている。
東宮の御文は氷がさねの薄様で、雪をいただいた呉竹の枝につけられていた。「なんて趣深い御文でしょう。これは直接源氏の宮にお返事を書いていただかねば」と母堀川上が言う。狭衣はその言葉に不満だった。源氏の宮は遠慮していたが、母宮は強く勧める。狭衣は、
「源氏の宮の手蹟はとてもお美しい、まして今回はお相手が東宮であられる。いったいどのような華麗な手蹟を東宮にご披露されることやら」
と皮肉めいて言うと、母堀川上は、
「狭衣。あなたは、源氏の宮が筆をとるのを遠慮するようなことをおっしゃるのねえ。それならあなたが代筆なさいな」
と笑われる。
東宮の御文は、

『あなたの入内を期待し始めてから、一体どのくらいの年月が経ったのでしょう。この呉竹の葉に積もる雪のように、消えゆく思いで待ち続けているのです』

とあった。墨枯れした、じつに流麗なお手蹟だ。
「このように見事な和歌のお返事など、わたしにはとてもとても」と狭衣は言いながら、

『待たせている、と仰せですが、これからこの先もお待ちくださいますか。いつ死ぬかもわからない我が身でございます』

との歌を詠んで、それをそのとおり源氏の宮に書かせた。
御文をしたためている源氏の宮の、朝日に照り映える雪消の光のような一点の曇りもない清らかさ。この美しさがいずれ東宮のものになるかと思うと、とてもこの世にいられそうにない絶望感に打ちのめされる狭衣だった。
「御使いのかづけ物はこれがいかがかと」の老女房たちの声にまぎれて狭衣は御硯を引き寄せ、先ほどの東宮からのお文の端くれに、

『そうとも、一縷の望みもない私でさえ長い間恋い続けた挙句、末の葉の雪のように消え果ててしまったのだ』

と書き付けた。まあまあ満足のいく身分ではあるが、東宮よりは今一つ劣った身分に生まれたということは、前世での修行が不足だったということなのだろう、東宮が思いのままに源氏の宮とお文を交わし、ついには妃として迎える羨ましさ。狭衣は、東宮が妬ましくて妬ましくて仕方がなかった。
「源氏の宮。私の書いた歌は興ざめだとは思いませんか」
と端くれに書いた歌をお見せになるが、源氏の宮は置いたまま見ようとしない。仕方がないので狭衣は自分の書いた部分をこまかく破り捨てたのであった。
親も女房も知らないが、ありったけの想いをこめて狭衣は源氏の宮に恋心を尽くしている。無理強いにでも契ろうと思えば叶わないこともないが、親たちの心配するのがお気の毒でもあり、心のままに振舞えば困った事態になることはわかりきっているので、本心を隠して過ごしているだけだ。
その一方で、女二の宮のもとに忍び込んで以来、宮への想いも一層まさって、何とかして尼姿を拝見したい、直接お話したいなど、不埒なふた心を持つ狭衣であった。