鈴なり星

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第4段 ムカ男、女に突然去られる

 



ムカ男は、東の五条の皇太后宮のお屋敷に住むお姫さまのもとに通っていました。西の対の屋に住んでいるそのお姫さまのことを「しょせんは叶わぬ恋だから」程度に思っていたのですが、忍び逢いが重なるにつれ、ムカ男も、そして女の方も、次第に愛情が深くなっていきました。
そんなある日の正月十日頃、女は突然姿を隠してしまいました。
行く先は聞き出しましたが、普通の身分の者がとても訪ねて行けるような場所ではありません。

手の届かない遠くへ行ってしまったお姫さまを想い続けて一年、ムカ男は次の年の正月、梅の花ざかりの季節に、お姫さまが住んでいた屋敷を訪ねました。
ムカ男は泣きました。それはそれは落ち込みました。姫の居なくなった部屋を訪ねては、がらんとした部屋にうずくまり、かつての愛の思い出を拾い集めてはむせび泣きました。しかし姫はすでに雲居の彼方。どうしようもありません。
西の対の屋を見渡しますが、あるじの居ないガランとした部屋に去年の面影はありません。
ムカ男は泣きました。夜が更けるまで板敷きの上に寝転がってむせび泣きました。

月やあらぬ春や昔の春ならぬわが身ひとつはもとの身にして
(月は昔の月ではないのか、花は昔の花ではないのか。我が身だけは昔と同じなのに)

そうつぶやいて、夜が明ける頃、しょんぼりと帰っていったのでした。


この段のムカ男の打ちひしがれる様子、心情が読み手に伝わってきて本当に素晴らしい描写です。
呆然と座りこみ、あるいは顔を手で覆って仰向けに寝転がって、毎年繰り返される自然の法則の中にポツンと置き去りにされた男が独り。月だって梅の花だって一年前と景色は何一つ変わらないのに、恋人がいない、ただそれだけで耐え難い寂寥感にさいなまれる男。
ムカ男の命がけの逢瀬もむなしく、お姫さまは男との思い出を胸に秘め、親兄弟の手によって8歳も年下の帝のお后へと押し込められてしまったのでした。

さて、入内させられてしまったお姫さまと男は、もうお互いの真心を交わしあうことなんてできなくなってしまったのか、というと実はそうでもなかったようです。
姫の方はけっこう奔放で勝ち気な性格だったらしく、したくもない入内を強引に持ち込んだ親兄弟に対する不満も重なって、17歳年上のカリスマ美丈夫な男との、情熱的で大人な恋愛を忘れられなかったようです。
姫はその後、8歳年下のお子ちゃまな帝に満足するはずもなく、後継ぎの御子をさっさと産むと、情熱のおもむくままにご乱行(僧との情事)をたびたび繰り返し、ついに栄光ある皇太后の位まで剥奪され、廃后されるのでした。帝の生母としての体面は保てる程度は保証されていたようですが。
廃后高子、波乱に富んだ69歳の生涯でした。