鈴なり星

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狭衣物語40・出生の秘密を背負った子供たちの袴着

 

 

姫の袴着の式の夜。
堀川大殿が一条院に参上し、忙しい身ではありながらも、姫の腰結い役を心を込めて果たされた。隠し通してはいるが、実の子の成長を父親に祝福してもらえた狭衣は心の内でどれほど喜んだことか。
その翌日は、若宮の袴着の儀式である。
朝早く若宮は一條の宮から堀川邸に渡られる。この日のためにしつらえを美しく整えた邸内を、美しい衣装をまとった女房たちがさらに華やかに盛りたてる。若宮を初めて見る堀川上は、常日頃聞いているよりも美しく可愛らしい若宮をひと目で気に入った様子で、
「まあ。恐れ多いことではありますが、狭衣の幼い頃にそっくりでいらっしゃいますこと」
と感動している。
初めての邸の中で少し不安そうにしている若宮と、慈しむように若宮の相手をしている狭衣を見て、
「まるで親子のような仲睦まじさ。一体どうしたことでしょう」
と上はかえって不審な気持を抱くほどである。
夕方、儀式が始まる時刻となった。
左右の大臣以下、あまたの公卿公達が堀川邸に集まった。昼より明るい松明の輝きに室内の装飾がきらめく中、袴着の式はたいそう立派に行われた。美しく仕立てられた指貫(さしぬき)を着用した若宮が大人びて美しく見える。めでたい日に涙は禁物とはいえ、感激のあまり涙を止めることのできない狭衣だった。
無事に執り行われた儀式の後の宴会は、豪華極まるものであった。



袴着が済んだ後の堀川邸では、狭衣の母堀川上が、
「若宮を拝見しないでは一日たりとも過ごせませんわ」
とたいそうご執心で、見苦しいほどの溺愛ぶりである。
若宮を一條の宮に帰そうとしないので、狭衣は、一條の宮で心配している女一の宮が気の毒で、何度か母上に申し上げてみたが、
「若宮が大きくおなりになられるまでお世話したいわ。このまま離れてしまっては、きっと私のことなど忘れてしまわれるでしょう。恐れ多いかもしれませんが、孫のようなつもりで心を込めてずっとお育てしたいの」
と聞き入れない。
そんな負い目もあって、狭衣はまめに一條の宮にご機嫌伺いに行っては、あれこれとこまやかに生活全般の面倒を見るのだった。
そんな狭衣をみるたびに、女一の宮のそば仕えの女房たちは、「どうしてここまで誠実にお世話してくださるのかしらねえ」「こんなに熱心なら、こちらの宮さまと結婚してくださってもよかったのにね」「それならば、どんなにありがたい事かしらね」などと言い合っている。
狭衣にしてみても、「どうせ結婚するのなら、まったく愛情を感じない一品宮よりも、女一の宮さまのほうがマシだったかもしれないな」など、失礼なことを考えないでもなかった。
ある日の夕暮れ、一條の宮を訪問した折、
「御妹君の三の宮さまが斎宮寮に移られ、このたびは若宮までが堀川邸に滞在されたまま、おさびしさはいかばかりでしょうか。この私でよければ、つれづれのなぐさめにでもなればと思いまして」
そのように言うと、そばに控えている女房たちも、
「以前より、狭衣さまの対面に遠慮は無用と院より承っておりますので、もっと親しくなさってくださいな」
「こちらの宮さまは、狭衣さまのご好意を何もお感じになられないご様子でいらして、私たちとしましては少々もの足りないのでございますのよ」
「もう少し狭衣さまのご親切心に甘えて打ち解けて下さってもよろしいのでは」
などにぎやかに言う。
だからといって図々しい態度を取れる女一の宮ではなく、宮のいる御簾のすぐそばに狭衣が近づいてきた時だけ、感謝の意を表す言葉を控えめな声で二言三言、挨拶するのだった。その気配が、今は入道の宮になってしまった女二の宮によく似ていて、ああやはり御姉妹よ、と狭衣は思う。
ずっと若宮会いたさにこの一條の宮に通いつめていたのに、世間は噂のひとつも立てず、なのに一品宮の時にはありもしない事を既成事実のように騒ぎ立てて…と、くよくよと考え込んでしまうのだった。