鈴なり星

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狭衣物語39・姫の袴着であせる狭衣と一品宮の思いやり

 

 

一條の宮に住む若宮の御袴着の儀式が11月に行われることが決まった。
現関白の堀川大殿も袴着の準備に追われていたが、その様子を見ていた狭衣は、一品宮のところにいる姫もそれほど若宮と年は違わないはず、できれば同じように袴着を祝ってあげたい、と思い立ち、一品宮に、
「あの姫はいつごろ生まれたとお聞きになられましたか。もし袴着のお式をまだしていないのでしたら、私が個人的にして差し上げたいのですが…おせっかいでしょうかねえ。私の他には誰もこの姫のお世話をする人も見当たらないようなので」
と人を介して伝える。
またこんなものの言い方を…と一品宮はうんざりしたが、
「あなた以上にあの子のことを心配する人がいますかどうか、ご自分のお心に問いただしてはいかが」
と返事した。宮が何かカンづかれたのではないか、と狭衣は思ったが、
「そのような心当たりなどありませんね。そんなふうに問われても、まったくうろたえる必要はないほどにね」
そう返事しておいた。しかしこの返答で、姫の袴着の儀式ができなくなったのが残念なことだ、と狭衣はがっかりしてしまった。
一品宮はそんな狭衣の様子を聞いて、
「あの子の袴着を個人的に、とは考えたものですわね。
もう袴着でも何でも好きなようになさって、そのまま堀川邸に連れて行ってもらいたい。一緒に住めばいいではありませんか。あの子との関わり合いのために、しなくてもよかったはずの、狭衣さまのような方との結婚を続けさせられるのはもういや。女房たちの手前恥ずかしくてたまらない。
あの方に関わりのある者がこの邸からいなくなれば足も向けなくなるはず。いっそそのほうがすっきりするわ。もう堪えられない」
そう決心し、一条院に住む母女院にもその旨を伝える。
「一條の宮におられる若宮と一緒に、ついでにあの子の袴着もさせてやりたいと、狭衣さまは申しています。わたくし、今まで気がつきませんでしたわ。あの子の袴着に」
「ついでなど。あの子の袴着くらいこちらでもできますよ。でも狭衣さまのところにあの子を遊びに行かせるなんて、いつのまにそんな馴れ馴れしい間柄になったものやら」
「あの子のお式は慎ましいもので十分だと思いますから、若宮のお式と同じ日に、ついでに堀川邸でしていただいても何の差し支えもございませんでしょう。あの子も狭衣さまの父君である大殿を一度見てみたい、となぜか言っておりますし」
「どうしてなのかしらねえ。それに、狭衣さまが個人的にあの子の袴着をさせようとしているのは何か理由でもあるのかしら」
そうつぶやきながら女院は、こちらでも袴着の準備をし始めた。


一品宮に、あの姫と自分の関係を気付かれたようだと知った狭衣は、よけいなしっぽをつかまれたくないために、姫の袴着について何も言えなくなってしまった。
どうしようどうしようと途方にくれているうちに、明日はもう若宮の袴着という日になった。その時一品宮側から、「今夜は袴着の式を執り行いますので、そちらに遊びに行っている姫をこちらにお返しください」と連絡が来た。
「いきなりそう言われても。このところご無沙汰で袴着のことについて何のご相談すらありませんでしたのに、急に返せと仰られても、お返しする準備が私の方に整っておりませんが」
「それでしたら、こちらでわざわざあの子の袴着のお式を行うのはわずらわしいので、堀川邸でお好きなようにして下さっても何の差支えもございませんわ。女院にもそのように申しておきます」
そんな一品宮側の返事も、狭衣にはたいそうきまりが悪かった。姫と自分の本当の間柄に、宮がカンづいていると思っていたからだ。
「まあ、無理に若宮と一緒に儀式を執り行わなくとも、来年一条院かここ(堀川邸)で執り行えばよろしいでしょう」
「女院の住む一条院は、あなたさまもご存知の通りわびしいところですから、こちらであの子の袴着をするのは、あなたさまもご不満であろうと思われますのにね。あなたさまは個人的にでもお式をしたいと仰ってたではありませんか。てっきりあなたさまのご実家の堀川邸で、華やかに思い通りのお式をなさりたいのかと思ってましたわ。
とにかくあなたさまがそこまで袴着にこだわられるならば、さっさと女院の方で内々に式を済ませてしまいましょう」
「いや不満だなどと申しているのではありません。女の子であれば誰でも女院の御手で腰に結んで頂きたいと願っているくらいですから。堀川の方では、適当な人が思いつきません」
ついそのように狭衣は一品宮に伝えてしまった。
宮はあせる狭衣の言葉を聞いて、
「あえて若宮と一緒に儀式を行わずとも、いつでも袴着のお式はできるし、難しいことでも何でもないけれど、ずいぶん必死な様子のあの方が少しお気の毒だわ。あの方はきっとあの子の袴着を立派にしてやりたいと思っているに違いないのだもの。
こちら(一条院)で式を行ってもいいと、初めて折れてくださったし。
腰結いの役は女院にはお頼みせずに、女院代理として堀川大殿にお頼み申しましょうか」
と決断し、腰結い役は女院ではなく、堀川大殿に決定したのであった。