鈴なり星

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第12段 ムカ男、女を武蔵野に置いて逃げる

 



ムカ男は、とある娘を見初め、親のもとからこっそり盗んで逃げました。
相思相愛の二人は武蔵野の方に駆け落ちしようとしましたが、愛の逃避行も空しく、結局、国守に追われ捕らえられてしまったのでした。

ムカ男は娘を草むらに置いて逃げました。
追っ手がやってきて「この草むらのどこかに隠れているぞ」と叫んで火をつけようとします。娘は、
「どうしよう、困ったわ。このままでは焼け死んでしまう。


武蔵野はけふはな焼きそ若草のつまもこもれり我もこもれり
(武蔵野の野原に今日は火を放たないで。どうかお願いです。夫も私も隠れているのですから)」


と歌を詠みました。
娘の泣き声が聞こえたため、追っ手の者たちは娘を見つけ、すでに捕らえられたムカ男とともに、親のもとへ連れ戻されてしまったのでした。



古今和歌集に収録されている「春日野はけふはな焼きそ若草のつまもこもれり我もこもれり」を、武蔵野の恋の歌にアレンジした物語です。

春日山の裾野に広がる春日野。庶民は早春にこの一帯を野焼きして枯草を一斉に焼き払うのですが、「今日は野焼きをやめておくれ。愛する女も俺も草むらの中にこもっているのだから」という、男が哀願している古今和歌集の歌。
これは、野原で草摘みして楽しく遊ぶ若い男女の歌なのでしょうか。
絶対違いますね。背の高い枯草生い茂る中、隠れるようにイチャイチャと青カンしているカップルの男の方が、野焼きし始めようと火を持ってウロウロしている野守りたちに泣きついてお願いしている図しか思い浮かびません。
そんな大らかすぎる和歌を、東下りするムカ男の逸話のためにちょこっといじって、春日野を武蔵野に変え、歌に合ったお話を作った、それが第12段です。

「若草のつま」は若い娘のことと思いがちですが、ここでは女を親元から盗んだ若いムカ男のことを指します。ちゃんとした普通の家の娘を、親に内緒で連れ出したんです。娘が歌の中で、ムカ男のことを「若草のつま」と言っているのは、イヤがる娘を無理矢理さらったんじゃなくて、相思相愛の上での駆け落ちだったということです。
大事な娘を盗まれたと激怒した親が国守に訴え、追っ手に捕らえられ、引っ立てられて行ったのでした。

盗み出した女を草野原に置いたまま逃亡したムカ男は、自分だけ逃げきるつもりだったのでしょうか。
むしろ、自分がおとりになって娘を守ろうとしたと思いたいですね。あるいは追っ手がどこかへ行ってしまったあと、娘を迎えにくるつもりだったとか。

原文では「国の守にからめられにけり」とあるので、ムカ男はぐるぐると縄にしばられてしまったということです。お縄にかけられた貴族ってなかなかいないと思いますが、引っ立てられた先にいる娘の親は、怒りに震えて待ち構えていることでしょう。
どうするムカ男。こわー。