鈴なり星

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狭衣物語33・堀川大殿、狭衣の結婚に向け正式に動く

 



狭衣の父である堀川大殿にももちろんこの噂は伝わった。しかし、
「そうであったか。狭衣が長年思いを懸けていたのは一品宮さまであったのか。なるほどなるほど、それで合点がゆく。女二の宮さまや三の宮さまをすすめても、縁談を嫌がっていた理由が」
とカン違いしてしまった。大殿は狭衣を呼び、
「狭衣や。どうして今まで黙っていたのだね?」
と満面笑顔で尋ねる。
大殿はどうやら、我が息子の懸想人がようやくわかったと思い込み、たいへんご機嫌な様子だ。
父君までもが、一品宮に迷惑のかかるこんなくだらない噂を信じておられるのか…がっかりした狭衣は、
「お側仕えである少将の命婦という女房と、少し知りあいだ、というだけのことです。
時々局に寄って話をするだけの間柄ですが、どこからどのようにこんなねじ曲がった噂になってしまったのでしょう。
もしこの噂を今上がお聞きになられましたらと思うと、たいへん恥ずかしい気持です」
そう訴えた。
「そう照れるでない。一品宮さまと深い関係であったとしても、なにを恥ずかしがる必要があるのだね?そなたの身分からいっても、胸を張って皇女さまをお受けできるではないか。今上も、そなたなら釣り合うと思われるはず。
だいたいそなたが、いつまでたっても北の方をお迎えしようとしないのが悪い。もしこの噂が本当ならば、私が女院や今上にお願いして、一品宮さまの御降嫁をお頼みしようではないか」
「お亡くなりになられた一条院は、一品宮さまの御降嫁など望んではおられなかったでございましょう。女院さまも同様の意見だと思われます。私も無理強いはしたくありませんし、望んでもいません」
狭衣は、きっぱりと父君の前で断った。

そのはずであった。

ある時、大殿にお仕えしている女房の誰かが、
「殿。ひょっとすると狭衣さまは、『こんな噂が立ってしまい、もう手紙をさし上げることさえできないだろう、これで一品宮さまとの縁も終わりなのだ』と、つらい気持でいられるのではないでしょうか。狭衣さまが宮さまをあきらめなさったことを、女院さま方は嘆いておられるのでは」
と大殿にさしでがましく進言した。大殿は、
「おお。そういうことかも知れぬぞ。
狭衣はいつものクセで、何事もあきらめようとするからな。そうであれば、女院さまや一品宮さまが大変お気の毒であることよ。こちらからなんとかしなければ、重々しい身分の宮さま方の顔に泥を塗ることになろう。
よし、女院さまにお願いしてみよう。狭衣に任せたままではいつまでたっても埒(らち)があかん」
とさっそく女院に対面を願い、一品宮の降嫁を申し出た。
女院は、実父である大殿が出てきたことで、
「これが縁談のしかるべき手続きなのです。これでようやく宮の体面も保てるというもの」
と一安心した。
しかし女院は、はいそうですかと即諾することには抵抗があった。
一品宮はかつて斎院であった身。女盛りはとうに過ぎている。結婚などは考えた事もないし、本人にも出家の決意が見られる。いつか折を見て剃髪させようとしていたその宮に汚らわしい醜聞が。このまま大殿側に宮を任せるのは、こちらが噂を認めたようでいかにも悔しいではないか。
大殿の熱心な申し出は、こちらのプライドが保てるので良いとしても、できることなら結婚などさせずにひっそりと仏道に入らせたい。
そのように心を悩ませる女院であった。

堀川大殿は宮中にも参内し、今上に一品宮の降嫁を申し出た。
今上は、
「やはり噂は本当であったか。狭衣ならば身分も十分釣り合う。財力もなんの心配もない。大殿が動き出したことで宮の体面も保てる。降嫁の件、許可いたそう。
しかし宮は自分の年齢を恥ずかしがるのではないかな。狭衣に比べてかなり年上であるから。大変尊い身分とはいえ、結婚後、すぐに若い姫に狭衣が心を動かすようなら、あまりに宮がかわいそうであるな。
そういえば彼は、入内の話が持ち上がっていた斎院(源氏の宮)に執心であったと聞く。絶世の美女と誉れ高い女人と比べられては宮がお気の毒だ。だがあの大臣は息子を溺愛していて、息子の嫌がることは少しもしないらしい。とするとこの縁談は、狭衣の承諾済みということか」
そう考えて、女院にもこのことを相談した。あまり乗り気ではないこの縁談だが、これも二人の前世からの宿縁なのかもしれない、そのように今上と女院は判断し、狭衣との醜聞ゆえに動いたというのではなく、あくまでも堀川の大臣からの申し出に許可を与えた形にして、宮の体面を保つことに配慮したのだった。


「ああ、ようやく狭衣も落ち着くことができる」
との大殿の喜びように比べて、狭衣の嘆きようといったらなかった。
源氏の宮以外の女人と結婚することなどありえないと思ってきたからこそ、女二の宮も女三の宮も知らん顔をしてきたのだ。その源氏の宮が斎院に定められてしまった今、せめて残りの人生独身で過ごしたいとひたすら願っていた。思うようにならない世の中に絶望したい気持だった。
こんなことになったのも、あの飛鳥井の女君とのあいだに出来た女の子が見たかった、ただそれだけのことからだった。そう考えると、その子すらうっとうしく思えてくる。
あの子に惑わされたせいで心にもない結婚を強要される、と。
非常に身勝手でわがままな考え方だが、それほどまでに狭衣はこの縁談がいやだったのだ。

それ以来、一品宮への訪問はぱったりと途絶えてしまった。