鈴なり星

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無名草子10・著名な女性たちを論じる その3

 



少納言
そうよ、何度もグチグチ言うようで悪いけど、この気持ちだけは何回言っても言い足りないのよ。その昔、大斎院様(村上天皇皇女選子内親王)が上東門院様(彰子)に物語を依頼した時、紫式部を召して、新しく『源氏物語』を作らせたっていう話、腹が立つくらいうらやましいわけよ。

 

中務
紫式部の話?彼女はまだ宮仕えもしていなかった頃に源氏物語をつくって、その評価が高かったから彰子中宮のもとに出仕したんでしょう?式部の『紫』という呼称だって源氏からきてるんじゃない?

 

小侍従
どっちが本当なのかしらね。『源氏物語』は宮仕え以前につくられたのか、以後なのか。
彼女の日記も残っているわよね。
『出仕し始めの頃は、私のことを、”頭でっかちで物知りでつきあいにくそうな人だと思ってたのに、実際出仕してみたら、ウブでぼんやりしてる人で、なあんだ聞いてた話と違うじゃないの”とみんな拍子抜けしたんだって』
と書いてあるのよ。
殿(道長)のことを慕いつつも馴れ馴れしい態度をとってないところが、立場をわきまえていて立派よ。
皇太后宮(彰子)の御事をかぎりなくめでたく書きあらわしているのは、式部の内気な性格には似つかわしくないわねえ。道長殿のご気性が陽気だから、日記も明るく親しみやすいものになってるんでしょうね。

 

右近
彰子中宮vs定子中宮、いずれがひときわ優美でいらっしゃったのかしら。

 

小侍従
定子中宮の方がご容貌も可愛らしくいらしたようですね。一条天皇も定子中宮の方に愛情を深く持ってらしたみたいだし。定子中宮の辞世の句とか、お互いラブラブ過ぎて私萌え死にそう。その後の一条帝のご様子をみても、定子中宮に一生愛情を持ち続けられたようよ。うらやましいわ。
定子中宮のお父様(道隆)がお亡くなりになられたり、お兄様(伊周)が流罪になったりなどして、世の中の時勢がすっかり変わってしまっておいたわしいご境遇になられても、努めて風流を忘れないお暮らしぶりだったというのもステキなことよね。

 

老尼
そう!そうでございますよ!定子中宮…あのお方は、命こそ短く本当にお気の毒な晩年でございましたけど、時の帝にあれほど愛され続けたのは女の果報というものでございます。逆境にもめげずに、生活に風雅の支えを失わぬ気高さ。あのお方に私は人の生きる強さを見る思いがします。

 

中務
尼さまは定子中宮びいきなのですね。たしかにあの方には『女の心の持ち方』のひとつの理想を見る気がします。
上東門院彰子様の方は、今更申し上げることでもないですね。何事につけ、めでたい例(ためし)に引き合いに出される方ですし。寿命が長すぎて、何人ものお子様の帝に死別なされたのがお気の毒と言えばお気の毒ですが。
上東門院様のもとには才能ある女房が大勢いらしたわね。先ほどの紫式部、和泉式部、小式部の内侍、伊勢の大輔、赤染衛門など。

 

右近
上東門院様の御妹の妍子中宮(三条天皇中宮)のもとには、華やかでちょっと変わった趣味人が多かったみたいよ。季節ごとの女房装束も禁制を守らないことがよくあったようだし、法華経の供養も超派手で。
上東門院様ご自身の所は才ある有名な女房が多かったけど、衣装や催し事などで人の目を驚かすようなハデさはなかったわよね。女院みずから慎み深くされていたのはすばらしいことよ。

 

小侍従
では先ほど出た大斎院選子様。五代の天皇在位の間、斎院であられた方ね。その時その時のお后さまの優雅なお暮らしぶりは当然のことながら、大斎院様は人目稀なる常盤の蔭のお住まいでありながら、いつも気を許すことなく過ごしていらしたのがとてもすばらしいわ。

 

少納言
それにしても、お若かったときには優雅な生活ぶりだったのもうなずけるけど、すっかりお年を召してめったに人も訪れなくなってからも、心憎いまでの風雅なるお暮らしぶり。時めいていたころとはまた違った別の、自然な老いの静けさと安らぎっていうの?こういう晩年の見事な生活ぶりも、ある意味女の理想よね。

 

中務
小野の皇太后宮(教通三女歓子・公任孫)様は?
出家して後、小野の山荘で隠遁生活なさっておられたとき、急な白河院の御幸にもあわてることなく、万事優美にその場に合わせたおもてなしぶり。これもめったにできない心遣いというものよ。



そうよね。不意の訪問者にもあわてることのない日常生活の風雅なたしなみ。大斎院も老いに左右されることはなかったし、定子中宮もみじめな晩年の境遇に左右される事はなかったわ。どちらも己の内面のあり方に支えられていたのよね。
どんな立場であっても美意識を磨き続ける、最期の時までそんな気持ちでありたいわ。


まだ女房さんたちが、
「女性論だけで終わらせるってテはないんじゃない?ステキな殿方たちも論じなきゃ」
とか、
「物語だって栄花物語や大鏡のことがまだゼンゼンよ」
とか、いろいろにぎやかに話してるけど、こんなおしゃべりを聞きながらウトウトして夜明かしするなんて、もう何十年ぶりかしら。後宮のサロンにいた頃のようだわホント。懐かしさと共に、残りの人生どんな風に生きていったらいいのかがおしゃべりの中で少しわかりかけてきたような気がする。
明日の朝起きたら、煙のように消えていなくなっててもおかしくないような、そんな不思議な人たちだけど、ありがとうね。
なんだかホントに眠くなっちゃってきた。聞き心地の良いおしゃべりを子守唄にして、みなさん、おやすみなさい…。


参考文献:新潮日本古典集成「無名草子」