鈴なり星

平安古典文学の現代語訳&枕草子二次創作小説のサイト

第7段 伊勢の浪にムカ男の消息を聞く

 

 

本日このような辺鄙な場所をお訪ね下さいまして、まことにありがとうございます。
もしやあなたさま、都で何かご災難に…は?そうですか、それは失礼致しました。
いえ、ときおり見かける人間といえば、赤銅色に日に焼けた無骨な漁師やむくつけき土地長者、ごくまれにエセインテリ風な優男が赴任先へ向かう際に通りすがるくらいで。
そのくらい何にもない浜辺を漂っているだけが、私たちの全てでございます。
ですから、あなたさまがお訊ねになっている美丈夫が、以前この浜に立ち寄られた時は、それはもうびっくりしました。こざっぱりした狩衣を召しておられましたが、何と申しましょうか、高貴な匂い?が物腰から隠れようもなく立ちのぼっていて、寄せては返す白い波しぶきまでが、美丈夫見たさに我も我もと浜辺に向かっていくのでございます。眼福とは、ああいう幸せを言うのでございましょう。
そんなミーハー(死語)な私たちにひるむことなく、そのイケメンは和歌を詠んでくださったのです。じっと見つめて。

いとどしく過ぎゆく方の恋しきにうらやましくもかへる浪かな
(旅をしていると、住みなれた場所が懐かしくてならないよ。うらやましいのは、もといた場所に帰る白波。なのに私ときたら…)

ああんそのときの物寂しげな風情ったら!
せつなそうな目をして殿方が「寄せてもいつかは帰ってゆける白波。もといた場所に戻ってゆけるそなたたちがうらやましい」などと呼ばわって下さったんです!
…は?私、夢見る乙女の表情になってます?
ほほほ、憂い顔で浜辺に立ちつくしていらしたお姿を思い出したものですから、つい興奮してしまいました。
あ、でも残念でしたのよ。あの殿方が仰ったとおり、しょせん私たちは寄せては返すだけの波。海の流れが風にあおられ、うねることだけでしか存在をアピールできないのです。砂浜に寄せた時あんなみめ麗しい方に出会っても、いつまでもそこに立ち止まっていられない身。否応(いやおう)なくもといた場所に連れ戻され、次にまた寄せたとき、その殿方一行はすでにそこから立ち去った後だったのです。
まるでうたかたの夢でも見ていたかのよう。
ええ、本当に良い夢を見ているようでございました。