鈴なり星

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山路の露3・小君、「必ずお返事を」と薫に厳命され

 

 

先日来、薫君は体調を崩していました。病状はそれほど大したことはないのですが、大げさに心配する母宮(女三の宮)が何かと干渉してきます。薫君は、
「自邸にこもっていられる今のうちに、(浮舟のいる)小野と連絡を取りたい」
と思っていましたが、あれこれとうっとうしい母宮を無視することも出来ず、日にちだけが過ぎていきました。
母宮の仰々しい祈祷が通じたのでしょうか、病気は特にひどくもならずに自然と回復しました。薫君はとにかく浮舟のことで頭がいっぱいでしたので、病後の養生を口実に自邸に引きこもったまま、夜歩きも出かけることもしません。
あるのどかな昼下がり、小君が薫君のもとへ参りました。薫は近くに召し寄せ、
「体調がすぐれない間はわずらわしい人目が多くて、小野のあたりのことも思うようにできずにやきもきしていたよ。さ、これを持ってすぐに小野へ行きなさい。今度も手ぶらで私のところへ戻ってくるようなら、私は本当に君に失望するからね」
と言って、御文をしっかりと手渡しました。
小君はそれを懐に大切にしまい、小野へと馬を急がせます。
昼過ぎに薫君の屋敷を出発したので、結局小野に到着したのは山陰が色濃く落ちる夕暮れ間近の時刻となってしまいました。

 


小君が小野の庵に到着したころ、浮舟は外の暮れ行く景色を一人で眺めていました。
来訪を取り次いだ尼僧が庵主に用件を伝えますと庵主は驚き、急いで浮舟のもとに知らせに行きました。
「ねえ入道の姫君。あの小さなお客さまにはあなたご自身が応対なさい。何の気兼ねも要らない人なのでしょう?無視したり放ったらかしになさって。あのお客さまの身にもなってごらんなさい、とても不愉快に思われますよ」
庵主は小君を気の毒に思い、浮舟を諭します。それを聞いているほかの尼僧たちも、
「庵主のおっしゃるのもごもっともですよ。あんな年若い子に。私たちから見ても本当に冷淡だと思いますよ」
と口々に非難するのです。
浮舟は「ああ聞き苦しいこと」と皆の気持ちがわずらわしく、庵主の「お客さまは、いつものようにあちらにいらっしゃいますよ」という言葉にうながされるままに、簀子(すのこ)の端に座りました。
庵主も一緒に出て、下で控えている小君に向かって、
「いつもいつも難儀な山道をこうして来て下さっているあなたも、あなたがご用事のあるお方が「会わない」と頑固に思い込んでいるのも、はた目に見ていて何ともお気の毒で。今日は、年寄りが出過ぎたお節介をさせてもらいますね。
あなたがご用事のある人は、どうしたわけか、誰かに知られたりすることを極度に嫌がっているように思われる方でね。見られるのを恐れているのですよ」
と説明しました。簀子の下で小君は、
「今日こちらに参りまして、『お返事なくば戻って来るな』と殿さまに言われました」
と申します。
上品で愛らしい物言いは、主人すじの薫君に日々接して躾けられているからなのでしょう。庵主は小君と言葉を交わしたあと、すぐそばに座っている浮舟の衣装をきちんと整えてやりました。
浮舟はとても緊張していました。
確かに、実の弟に足しげく通われ、もはや「人違いです」と知らぬ存ぜぬを通せる事態でなくなっているのはわかっています。それに、自分が生きていることを、母親が他人のうわさ話から聞いたとしたら、
「こんな大事なことなのに、あの子からは何にも連絡が来ないなんて」
ときっと悲しむに違いありません。
それはイヤ、人づてで聞かないうちに、私からお母さまにそっと伝えたい…と切に思うからこそ、嫌々ながらもこうしてここに座って小君と対面しているのです。

「ではごゆっくり」
そう言って庵主や少将の尼が奥に入って行きました。