鈴なり星

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小夜衣9・東雲の宮、超セレブ姫との縁談が決まる

 


「この話を山里の姫君が聞いたら、どれほど悲しまれることだろう…」
そればかりが気になって、親たちとろくに話を進める気すらありません。
「そんなに気がすすまないのかねえ」
「でももう承諾してしまったのですもの。先方に今さら…」
院と大宮はそう言いながら日取りなどを選んで、着々と結婚の準備を始めています。東雲の宮にも、お相手の二の君へ手紙を書かせようとしますが、宮はおし黙ったまま。山里の姫君に逢いたくてたまらないのに、親たちの妨害で、この恋を断念しなければならないところまで来ています。
縁談が決まってからというもの、東雲の宮は自室に閉じこもりがちになり、一日じゅうぼんやりしている毎日です。
院や大宮は、
「あの子は舞い上がっているだけですわ。結婚して落ち着いてしまえばほとぼりも冷めるでしょう。関白家の姫との縁談を取り付けた私達に、そのうちきっと感謝してくれるようになってくれるはずです」
と話し合い、結婚の日取りは今月の下旬に、となりました。
一方、関白家の方でも、願ったり叶ったりの縁談に大喜びで、急いで準備を進めています。



さて、こちらは宰相の君です。こうしたおめでたいご婚約の話を聞くにつけ、山里のお気の毒な老人や姫君のことが思いやられて、
「尼上の懸念していた通りになってしまったわ。私がしつこくお勧めしたばっかりに…。関白家の目を盗んで洛外までの夜歩きなんて、できるはずないわ。そうなったら、姫さまはどんなに嘆かれることか。
尼上も、『それ見たことか』と情けなく思うに違いない」
と思っていることを正直に東雲の宮に打ち明けたところ、
「こんな宿世が用意されているとは、なんて張り合いのない人生だろう。この世をいつ捨ててもかまわないんだが、『女人が原因で出家なさったとはねえ』と世間の人々から言われるのも情けないし…」
と、宮もわびしげに答えます。御前にひかえる女房たちも、
「なにもかも恵まれたご運の宮でも、こればかりは親の言うなりにするしかないのねえ」
とささやきあうのでした。



山里の家では、まだこうした事態をご存知なくて、ただ、東雲の宮が急に間遠になったこと、夜遅くに訪ねて暁にもならない暗い時刻にそそくさと帰るようになったことに不満を持つのでした。
姫君は、宮の愛の誓いをけなげに信じ続けています。それもそのはず、姫にとっては初めての恋愛経験なのですから、殿方の口先だけの言い逃れとか心変わりなど知るはずもありません。まわりの年上の女房たちが語る、
「殿方というものは平気でウソをつくものです。好きでもない女人に向かって、『以前から慕い続けていた』などと言い、平気で女人にのしかかってゆくのですよ」
という言葉に、物の数にも入らない自分の身のほどが知れて、泣きたいくらいに情けない気持になるのでした。



さて、関白家の姫君との婚礼も近くなったある夜、東雲の宮はいつもより早く、まだ宵の内に山里の家を訪れました。
狭い簀子(すのこ)に姫君と二人並んで、黙って外の景色を眺めています。思いがけない運命の展開を迎えた二人。その二人の悲しみを知っているかのような霞(かすみ)渡った空の景色に、ますますしんみりしてしまう宮。目慣れた草木もよそよそしい感じさえします。
夜更けてようやく顔を出した月に照らされた姫君は、限りなく上品で愛くるしく可憐で、これ以上の美しさはないだろうと思うにつれ、東雲の宮は、
「ああ、こんな可愛い姫を見て、明け暮れ過ごしたいものだ」
とため息をつくのでした。ちょっと可愛い程度なら、いっそあきらめもつくのに…と頭を抱えたいほどです。
横にいる姫君はうらみの言葉も何も言いませんが、悲しみは十分伝わってきます。心の底から愛している姫君に、宮は千の社(やしろ)を引き合いに出して、変わらぬ愛を繰り返し繰り返し誓うのですが、姫君の嘆きは癒されません。
こうして、一晩中語り合って朝を迎えた二人ですが、白んだ空が気恥ずかしく、東雲の宮はそそくさと帰ってしまいました。姫君は悲しくてたまりません。身体に残る、宮の移り香に涙ぐむ姫君。宮は宮で、昨夜の姫君のいじらしいしぐさを思い出しては、今すぐにでも引き返したい想いにとらわれるのでした。
毎晩でも訪ねたい山里の家ですが、世に聞こえた関白家の姫との婚約中に、並みの身分の女人に通い続けていたとあっては世間体も悪い…そんなこともあって、もう出歩くこともできない東雲の宮なのでした。