鈴なり星

平安古典文学の現代語訳&枕草子二次創作小説のサイト

山路の露1・事の始まり

 


これからお聞かせすることは、かの光源氏の御曹司、薫大将と呼ばれる御方の『その後』のお話でございます。その後、と申しますのは、死んだと思われていた浮舟の消息を小野の里に聞いた後の、お二人の切れそうで切れない不思議な縁のお話なのでございます。
わけ知り顔でお話するのはみっともなくもあり、たいそう気恥ずかしいことですが、お二方の御縁のはかなさを見つめてきた人がぽつぽつと書き留めておいたものが、何の因果か私の手元にございます。
いえ、その人は誰かにお二方の関わりをうっかり洩らしたとか決してそのようなことはしておりません。その人はもうお亡くなりになられたのですけど、故人の遺品の整理をしている時、供養のために経の紙にでもしようと文反故の類をまとめてすき直していた人物の目に、たまたまこの物語が留まり、興味をもって処分せずに残してくれた…そんな経緯で私の手元にやってきた次第でございます。





蜻蛉(かげろう)のようにはかなく消えていったはずの浮舟が生きている。生きて比叡山のふもとの小野の里にいる――― 中宮の女房・小宰相からそう打ち明けられた薫君は、浮舟に下山を勧めて拒否されてもなお彼女が気になって仕方ないのでした。
それで浮舟の実弟の小君を以降もたびたび小野の里に使わしては、彼女の頑なな態度を少しでも解かそうとしますが、小君はいつもしょんぼりとして戻ってくるばかり。
故大君と血のつながった浮舟が生きていると知った今では、彼女を捨て置くことなどとてもできません。お互い愛し合っていると知りつつも、慎重さと臆病さゆえにまったく進展しなかった薫君と故大君。いずれ時が二人の関係を押し進めてくれるだろうとのん気に構えているうちに、永久に手の届かない場所に旅立って逝った永遠の女人。
悔やんでも悔やみきれない薫君の前に現れた、大君の面影を宿した浮舟。亡き人の身代わりとして期待に応えてくれる場面もあったことなどがただただ懐かしく、薫君の心は千々に乱れるのでした。
浮舟はもう死んでしまったのだと思えばこそ、嘆きながらも日々どうにか過ごして来られましたが、生きているとはっきり知らされた今、胸はとどろき、自らの眼で確かめずにはいられない気持ちになっているのでした。