鈴なり星

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小夜衣3・宰相の君、尼君の説得にかかる

 


兵部卿宮も、自邸で悶々とする毎日です。
「こんなにときめく恋は初めてだ。一度身の上を聞いただけなのに、頭から姫の面影(見たことないけど)が離れない。ああ早くお逢いしたいものだ。じれったいことよ」
と来る日も来る日も宰相の君を責めていますが、返事と言えば、
「尼上のお具合のことを考えますと、急にはとても」
ともったいぶらせるものばかり。しびれを切らした宮は、

『身の程を 思ひ知れども ほととぎす なほ初音をば いつかとぞ待つ
(我慢していますが、うれしい便りを今か今かと待っています)』

と和歌で催促してきます。「身分違いは不幸のもとと言いますし…」と臆する尼上と、「まだ色よい返事は頂けないのかい?」とせっつく宮の間に立たされて困り果てる宰相の君。和歌のお返事には、

『数ならぬ 身を卯の花に ほととぎす 初音を聞くも いかがとぞ思ふ
(ものの数にも入らぬ私なぞは返事もいたしません)
姫君はそう思ってらっしゃるのではないでしょうか』

と書きました。それを見た宮は、
「こんな他人の推測の歌より、見たいのはご本人の手蹟のお歌なんだけどなあ」
とがっかりしています。


貴い身分の兵部卿宮を、中途半端にいつまでもお待たせするのも申しわけなく、宰相の君はもう一度山里の尼君のもとを訊ねました。すると、尼君の病状が前より悪化しており、心配のあまり半病人のようになった姫君が、尼君のそばに寄り添って横になっているのでした。それはまるで、夏の朝露にしっとりと濡れそぼった女郎花のように可憐で、どんな心の強い高僧も誘惑されてしまいそうな風情です。宰相の君は中宮さまに仕えている宮廷女房ですので、高貴な女御さま方はもちろんのこと、上﨟女房たちも見慣れていますが、今目の前に横になっている姫君ほど、華奢で可憐な女人は目にしたことがありません。
美貌の兵部卿宮のお相手にはこの姫君が最もふさわしく、またこれほど可憐な姫君が寂しい山里に朽ちてゆくのはもったいないこと…と宰相の君が病床の尼君を説得しますと、尼君は、
「今とても苦しいので、そのお話はあとにしてくださいな」
とひどくつらそうに言います。
「失礼は重々承知しています。尼上さまのお身体がお苦しい時にこんな煩わしいことを申す非礼も承知しています。ですが、高貴な宮さまが、こちらの姫さまに恋焦がれ続けておられるのがあまりにもお気の毒で・・・」
宰相の君は、姫君の乳母にも相談します。乳母は、
「尼上さまの病状はごらんの通りで、尼上さま自身、もう姫さまの将来を配慮できる余裕もないありさまです。ですから姫さまの今後は、あなたさまのご意向次第となりそうですが、問題は姫さまです。尼上さまを心配するあまり、心労ですっかり痩せ衰えてしまって…」
と答えるしかないのでした。
そんなこんなで宰相の君は尼君を看病するため、二、三日山里の家に滞在することになりました。