鈴なり星

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古今著聞集・興言利口11 551~554段

 

 

551段 美貌の尼に仕え雌伏三年、思いを遂げた僧の事 

少し前の話だが、あるところに純潔を慎ましく守り続け、一度も男と交わったことのない清らかな尼さんがいた。
女盛りで顔立ちは美しく、立ち居振る舞いも好ましく、暮らしむきもまずまずのこの尼さんに、とある寺の僧が一目ぼれ。
尼僧の美貌と慎ましやかな物腰が辛抱できないほど魅力的なのに、尼と僧の身ではどうしようもない。だがこの僧、諦め切れずに尼さんの後をつけ、彼女の住む家の場所をしっかり確認して帰ったのだった。
その後、何日経っても忘れられるどころか、いよいよ尼さんへの想いは増すばかり。
「くよくよ悩んでいても仕方ない。この胸に秘めた恋心だけを頼りに、とにかく当たって砕けろだ」
と僧はあの尼さんの家を訪ねていった。
この僧は男とはいえ、女と見間違うほどのなよやかな容姿だったので、身寄りのない尼のふりをしてお目当ての尼さんの家に住み込み、隙あらばこの邪(よこしま)な想いを遂げようと計画したのだ。
「ごめんください」
「どなたですか」
顔を出したのはあの美しい尼さんだった。僧の胸が高鳴る。
「寄る辺のない哀れな尼でございます。
長年頼みにしておりました夫に死なれて髪を降ろしたのですが、尼の姿ではどこのお宅でもご奉公させてもらえず、孤独の身でさすらっております。
失礼ながらこちらのお宅も私めと同様、出家なされたお方の住む家とお見受けしまして。突然押しかけて何を言い出すのやらとご不審に思われるかもしれませんが、どうかこちらでご奉公させてもらえないでしょうか」
尼に扮した僧は下心を隠して、切々と自分を売り込んだ。
何の面識も紹介もないのに「使用人にしてくれ」との申し出に尼さんは驚いたが、人手が欲しいと思ってたこともあり、目の前の尼(に扮した僧)の人柄が穏やかそうに見えたこともあって、それほど悩むことなく住み込みで働いてもらうことにした。
怪しまれずに家に入り込むことに成功したにせ尼(僧)は、愛しい尼さんのために甲斐甲斐しく働いた。
もともとが男なので、力仕事もへっちゃらだ。尼さんは、
「頼もしい人が来てくれて助かるわ」
ととても喜び、家事一切を何でも頼りにするようになった。
こうしてにせ尼は下心を隠したまま、その年が暮れた。
二年めの冬になる頃には、尼さんはにせ尼に完全に心を許し、
「夜は冷えますでしょう。もう遠慮のいらない間柄なのですから、一つの衣の下で寝てお互い温まりましょう」
と誘うまでになった。
にせ尼は男としての本能を理性で抑え込むのに必死。我慢に我慢を重ね、二年めも過ぎた。
やがて三年目の正月。
この尼さんは、毎年正月七日間持仏堂にこもる。別時念仏といって、特定の期間お堂にこもって念仏修行に励むのだが、食事の時以外はずっとこもりきりになる。その間の家の雑事はにせ尼にすべて任せ、尼さんは七日間の別時念仏を立派につとめあげた。
八日目、修行を無事終えた尼さんは身も心も疲れ果て、その夜は死んだようにぐっすりと眠った。
かたわらで眠る愛しい尼さんを眺めながら、にせ尼は、
「思えばこの家に住み込んでもう三年。よくもまあ理性が保てたものだ。ああもう待てない。今夜こそ思いを遂げてしまおう」
と決心し、深々と眠り込んでいる尼さんの脚を広げ、間に自分の身体をのしかからせた。女と見まごう容貌のにせ尼でもやはり男。ビンビン状態になったイチモツを尼さんの中に深々と差し込んだ。
当然尼さんは目を覚まし、ビックリして腰を引く。にせ尼から逃れて持仏堂に走り込んでしまった。
「ああ、やっぱりなあ…こんなことになるんじゃないかと心配したとおりになってしまった。参ったな、どうしたらいいんだ」
寸止め状態の僧は困り果て、持仏堂の隅の柱のもとにしゃがんでいると、堂内に逃げ込んだ尼さんは鉦(かね)をカランカランとやたら鳴らし続けながら、何やら唱えている。それをひとしきり続けた後、僧がしゃがんでいる近くまでやって来た。僧は尼さんにひどくなじられるに違いないと覚悟していたのだが、意外にも尼さんは怒ってない様子で、
「どこにいますか」
と僧を呼ぶ。僧は少しホッとして、
「ここですが」
と返事をすると、尼さんは自分から両足を広げて僧にしがみついてきた。彼女もその気になってくれている?どうしてこんな展開に?と僧はわけがわからなかったが、こんなチャンスは二度とやって来ないに違いないと、三年分の恋心でもって尼さんと激しく交わったのだった。
コト果てたあと、僧は、
「寝ているあなたに私が突き入れたとき、何故持仏堂に逃げ込んだんです」
と尼さんに訊ねた。
「それは、あまりに気持ちよかったので、こんな快感を独り占めせず、仏さまにもお分けしようと思ったのです。
持仏堂で鉦を鳴らして仏さまにお知らせしようとしましたの」
こんな純粋無垢でいじらしい尼さんの言葉に僧はさらにメロメロ。その後、毎晩絶え間なく睦みあう二人は夫婦になったという。


552段 臨終の際にとんでもない言葉を唱えて死んだ尼の事

奈良の地にも純潔を守りぬいた尼がいた。
この聖なる尼も年老いて、とうとう命の終わりがやって来た。
高潔な魂を持つ尼僧は人生の終わりにどんな奇跡を見せてくださるのだろう、妙なる調べや不思議な光が現れたりするのだろうか、と世間の善男善女は噂し合った。
やがて尼僧は重態となり、招かれた善知識の小僧(正しく臨終を迎えられるよう導く人)が念仏を勧めた。
ところが尼は念仏を唱えない。念仏どころか、
「まらが来るぞや、まらが来るぞや」
とつぶやき続け、やがて往生してしまった。
生涯を仏道に捧げ、悟りを開き切った尼でも、身のうちの煩悩からは解放されなかったのか。


553段 説法の時、感涙の演技を頼んだ尼が失敗した事

あるところに土地持ちの僧がいた。
土地を分割し、それぞれを人に賃貸していた。
この僧が、ある法要の導師として招かれる事となった。僧は当日、自分の土地の借地人の一人である老尼を呼びつけ、こう頼んだ。
「尊い説法というものは、聴衆が皆感極まって泣くものだ。感銘を与えられないような説法は、誰も泣かんらしい。今日のわしの説法で誰も泣かんというのも恥ずかしい。そこでだおまえさん、わしの説法を聞いて、聴衆の前でまっ先に泣いてくれんか、わしを助けると思ってな。借地人は地主の言うことを聞くもんじゃぞ」
老尼は面倒くさい頼みごとにウンザリしたが、地主の言うことだから仕方ない。説法なぞ聴聞する気はさらさらなかったが、間口一丈(約3m)分の借地代の一部だと割り切り、法会に出かけた。
法会は順調に進み、いよいよ導師の説法タイムとなった。
僧はゆるりと高座に上がり、鉦(かね)を打ち鳴らし始めた。
途端に老尼が泣き始める。まだ説法も始まっていないのに。
「こりゃあまずい、まだ一言もしゃべっていないのに」
老尼の泣き出すのがあまりに早いので、僧は老尼をじろりと睨みつけた。「早すぎる。もっと後だ」と目で合図したつもりだったが、老尼は泣き方が足りないから睨まれた、とカン違い。ますます大声で泣き始めたのだ。あせった僧は老尼をひたすら睨みつける。もっともっと声を張り上げて泣け、と僧が目くばせしているとカン違いした老尼は、困り果てたようなか細い声で、
「ムリなものはムリでございますよ。わずか間口一丈程度の地代に、これ以上どう泣けばいいんですか」
と訴えた。
マヌケな泣き役の尼に聴衆は大笑い、僧は恥をかいたとか。


554段 周防国の領主の奉公人が母を領主に勧めた事

周防国の曾禰(そね)というところの領主は、都より下向してきた者で無類の女好きだった。美しかろうが醜かろうが女と見ればみさかいなしだった。領主は、とある小童を奉公人として屋敷で召し使っていたのだが、ある時この小童に姉がいることを聞きつけた。
「お前の姉君はこざっぱりとした器量よしだそうじゃないか。会ってみたいぞ。一度この屋敷につれて参れ」
と領主が小童に訊ねると、小童は、
「かまいませんが、それより私の母の方がずっと綺麗です。姉君より私の母を夜伽(よとぎ)の相手になさって下さいな」
と、姉よりも自分の母を領主に勧めたのだった。
自分の母親が領主の目に留まれば、暮らし向きがもっと楽になると健気にも考えたのだろうか。いやはや何とも不可思議な話である。