鈴なり星

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古今著聞集・興言利口10 547~550段

 

 

547段 蔵人某の珍妙な喪服の事

ある若い蔵人が妻のことで困っていた。
妻はとても嫉妬深く、男もほとほと愛想が尽きるほどで、毎日喧嘩が絶えなかった。男はいつもいつも「もう嫌だ、今日こそ別れたい、今日こそ」と思い続けていた。前世からのなにがしかの縁で、今生で夫婦としてめぐり会ったのだろうけど、何かにつけてしつこく嫉妬し続ける妻にうんざりしきっていた。
本当にもう何とかならんものかと考えた末に、蔵人は亀を一匹手に入れた。ちょっと可哀想だったがこの亀の首を引き出して、3寸ちょっとのところで切り、紙に包んでふところに隠し持った。
例の如く些細なことで妻が怒り始め、喧嘩になり、さんざん言い合いをした後で、男は妻に、
「毎日毎日お前がやきもち焼いて喧嘩になってしまうのは、結局こいつが原因だからだ」
と言って、小刀を取り出して自分の男根をざくっと切り取ってしまった。いや切るフリをして、隠し持っていた血まみれの亀の首を妻の目の前に放り投げたのだ。喧嘩がもとで、夫が自分自身の男根を切り捨てたと思い込んでしまった妻はびっくり仰天、
「あなたに、夫としてあたりまえにわきまえて頂きたい事を言っただけですのに、こんなことになるなんて!」
と、元には戻らない(偽物の)男根を見て後悔するやら腹が立つやら。男は妻の愕然としている様子を見て内心ニンマリ、
「毎日毎日これがもとで喧嘩ばかりしていては人聞きも悪い。喧嘩のもとがなくなったんだし、これでおまえも安心だ」
と妻に言い、血まみれの亀の首を拾って部屋から出て行ってしまった。その後、切った傷が痛むフリをするため、病人のように臥せって過ごした。
しばらくして、ある昼下がりに妻がつくろい物をしているのを男が何気なく見ていた時、妻が股ぐらのあたりに黒い布をつけているのが着物の間からチラリと見えた。男はヘンだな、と思い、それは何だ、と訊ねても、妻は「ちょっとね」とあいまいな返事をするばかり。男はますます不審に思い、しつこく訊ねると、妻はやれやれといった様子で、
「これは死んじゃった人のためよ」
と答えた。男は何のことだかさっぱりわからず、
「死んだ人って誰だ?」
と訊くと、
「それはね、あなたが切り捨ててしまったモノのこと。だって死んじゃったでしょ?私のココ(股ぐら)は、アレとは縁の深い場所なんだから、どうしてココに喪服を着せずにいられましょう」
と妻は言う。
なんとも珍妙な喪服もあったものだ。それにしても、黒い布を股ぐらにつけた女のサマを想像すると…。


548段 大女と小男の同衾の事

とびきり背の高い女と、並外れて背の低い男が共寝した。
コトを終えて休んだのだが、身長差があり過ぎて、寝ている格好が、女の股ぐらのあたりに男の顔がくるというヘンテコな図だった。男が何気なく目を覚ましたとき、自分の口や鼻が女のちょうど股のどんぴしゃりのところにあって、寝ぼけた男は女の股が顔だとカン違いして、
「ううーん何かクサイ。そなた、口臭いなあ」
と唸った。するとその声を寝ぼけ頭で聞いた女も、部屋の外でのぞいている人の声だとカン違い。
「うるさいわねえ、見てんじゃないわよ」
と言ったそうな。


549段 山伏が別人に変装して宿主の遊女を犯した事

少し前の話だが、大坂は天王寺というところから、一人の中間法師(身分の低い僧)が京へ上る途中、山伏と鋳物師(いもじ)の二人と道連れになった。
今津(現在の高槻市あたり)というところで日が暮れてきて、今夜の宿を探して三人一緒に泊まることになった。宿のあるじは遊女。三人は雑魚寝、あるじの遊女は塗りごめでそれぞれ休んだ。
皆が寝静まったころ、山伏がこっそり起き、後ろでひと括りに束ねている髪(総髪)を俗人風に結い上げ直した。そして、隣でぐっすり眠りこけている鋳物師の烏帽子をそっと盗んで自分の頭に被り、遊女の寝ている塗りごめに向かった。
山伏のこの怪しい行動に気づいて目を覚ました中間法師は、ずっと寝たふりをして、山伏が塗りごめに入るまでを見届けた。
山伏が塗りごめの戸をそっと叩くと、遊女が戸を開け、
「どなた?」
と訊ねる。山伏は、
「ここに宿泊している者です。少々気になることが。
この宿のかまどを拝見しますとお釜が一つしかありませんね。一つだと不便なことも色々ございますでしょう。どうです?もう一つ欲しくありませんか。実は私は鋳物師。お釜の一つくらいすぐに差し上げられますよ。もちろん、ただで…というわけにはいきませんが、なあに簡単なこと。この私と××してくれれば、ということで」
と遊女に持ちかけたのだ。
遊女は遊女で、体を売るくらい容易いことなので、あらちょうどいいわと塗りごめの戸を開け、お釜の代金代わりに鋳物師になりすました山伏と寝た。
首尾よくコトを済ませた山伏は、鋳物師の烏帽子をあるじの遊女の枕元に置き、すぐに戻ってくるふりをして塗りごめを出た。
夜明け前、雑魚寝の部屋に戻った山伏は、急いでもとの総髪に戻し、いかにも「今まで真面目に勤行していました」というすまし顔で残りの二人を起こして、
「お二方と一緒に京まで、と思っていたのですが、急ぎの用を思い出したのでお先に」
と言った。中間法師と鋳物師は、
「宿の食事を済ませてからでもいいじゃありませんか」
と声をかけたが、山伏はそそくさと出発してしまった。
山伏が出て行ってから、鋳物師が、
「ない。わしの烏帽子が見当たらん、どこいった」
とあせって捜し始めたが、せまい部屋のどこを探しても見つからない。そのうち夜が明け、あるじの遊女も起きた。遊女は当然、
「さあさあ、出て行く前に約束のお釜を置いていってちょうだい」
と鋳物師に要求する。鋳物師は何のことだかわけがわからず、
「そんな約束はしとらんぞ」
と突っぱねるが、
「すっとぼけてんじゃないわよ、あんたの烏帽子だってこっちは持ってんだからね。約束したお釜、さっさと出しなさいよ」
と遊女は聞き入れない。
「釜を渡す約束なんぞ知らんもんは知らん。なんでそっちにわしの烏帽子があるのか、身に覚えもないわ」
と言うと、遊女はとうとう怒りだした。
「この色ボケじじいが。年寄りのくせに若い者みたいに激しく責め立てたじゃないか。六寸はあったわよ、あんたの大きなマラ」
遊女のこの言葉を聞くや否や、鋳物師は、
「神さま仏さまお天道さまありがとうございます、今の言葉でわしの無実が証明されます。おい女よこれを見ろ。どうだ、六寸のマラとはこういうモノか」
と鋳物師は自分の下半身をむき出しにして見せた。
鋳物師のマラはポークビッツのようにちっぽけで、しかも皮かぶり。包茎のしょぼくれた小さなマラを見た遊女は絶句、ようやく人違いだと気づいたのだ。二人のケンカを聞いていた中間法師も、
「夜明け前に出て行った山伏さんが、烏帽子をかぶって塗りごめに入るところを、わしは見とったよ」
と鋳物師に助け舟を出してやった。
上手くやり逃げした山伏が憎たらしいやら羨ましいやら。


550段 ある女房が美声の僧に一目ぼれした事

あるところで念仏会があった。壇上には良い声の僧ばかりをそろえたので、読経を下で聴く女房衆も皆うっとり。その美声の僧の一人に、聴聞していた宮仕えの女房が一目ぼれ。
「なんて良い声なのかしら。どうにかしてお話したいわ」
と言葉を交わすチャンスを狙ったが、人ごみの中では近づくことができない。ようやく行道(読経しながら本尊の周りを回ること)の時にお目当ての僧がこちらに歩いて来たので、女房は何とか気を引こうと、彼の僧の足を下からちょんちょんとつついた。そして仏堂のうしろ戸の方へ先回りし、読誦しながらやって来たお目当ての僧に、
「あの、すみません、さっき足に触った者ですけど、わかっていただけました?」
と声をかけた。だが僧としては、行道の列から離れて女に返事をするのも目立つので、念仏の南無阿弥陀仏に紛らして、
「さもあみだ仏(さもありなん)」
と応えたそうな。