鈴なり星

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小夜衣23・小夜衣、宮中で東雲の宮を見かけ…

 


さて五節の当夜です。宮廷内の行事の中で、もっともきらびやかな催しものの一つである五節の舞の奉納には、公卿・殿上人が残らず参集し、舞が披露される豊明殿はとてもにぎやかです。
ほとんどの殿上人が集まっているわけですから、東雲の宮はもちろん出席しており、今上とともに舞を見る女御たちの付き添い女房として、対の御方も参加していました。
豪華な催しにふさわしく、あでやかな衣装を着こなした東雲の宮は、どこに居ても圧倒されるような美しさです。そんな宮を、御簾の向こうで見つめる対の御方。決して目で探していたわけではありませんが、花も紅葉も見劣りするような宮の美しさに、自然と目が吸い寄せられてしまったのでした。山里の家で別れて以来、初めて見る宮の姿に、対の御方はみるみる涙があふれ、これが夢なのかうつつなのか、周囲にいる大勢の女房たちの手前、取り乱さずに座っているのがせいいっぱいです。
こんなきらびやかな行事なのに、泣いているなんてヘンに思われるわ…と必死で平静を保とうとしても、胸がドキドキして抑え切れません。
一方の東雲の宮も、
「女御さまがご臨席だから、対の御方も控えの女房として召し出されているだろうな。梅壺女御はあの辺りか。御簾の向こうから私の姿は当然見えているに違いない」
そうわかっているので、顔色は冷静でも心の中は緊張と動揺でいっぱいです。
「ご覧なさいませよ、東雲の宮さまのあの清らかなこと」
「拝見するたび、ますます光り輝くようなお姿になられることね」
「こんなあでやかで美しい人がまたとあるかしら。匂い立つ空気が御簾を通してこちらにまで伝わってきそうよね」
「でもね、水際だった美しさで何もかも恵まれた人ほど、現世の欲には無関心て言うじゃない?いつも思索めいてらして、もの思いばかり。あまりに落ち着き過ぎて、ご両親の院や大宮様は毎日案じておられるとか」
「もの思いって、出家遁世の願かけでも?なんてもったいない。どなたか宮の御心を溶かす姫はいらっしゃいませんの?」
「先日、関白家の二の姫と御結婚なさいましたけど、非の打ちどころのない姫君らしいのに、宮さまはめったにお立ち寄りにならないんですって」
「んまあ何てもったいない。ならば代わりにわたくしが一夜妻…」
「飛ぶ鳥落とす勢いの関白家の姫君にだって、宮はご不満なのよ。あなたが相手にされるわけないでしょう。けど、どれほど高い望みを心に秘めておられるのかしらね」
「軽薄な方じゃないものね。こちらからその気のあるそぶりを見せても、うまくかわされるばかりだし」
「そうそう、そのつれない所がまたいいのよねえ」
御簾の中から女房たちが口々に宮を誉めそやしています。それはもうたいへんな人気ぶりです。
まわりの女房たちがやかましく批評するのを聞くのもつらく、対の御方はとうとう耐え切れずに奥に引っ込んでしまいました。
そこらじゅうにいるやんごとない公達の中でも、ずば抜けた風情の東雲の宮。対の御方付きの右近の君や乳母子の小侍従は、東雲の宮をまったく縁のない赤の他人として仰がねばならないつらさに、恨み言を言ったり泣いたりしたことを思い出し、私たちでもこんなにつらいのに、姫さまのご心中如何ばかりか…とたまらなく淋しくなるのでした。