鈴なり星

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第10段 ムカ男、田舎娘の母親から代作歌をもらう

 



ムカ男が京の都を離れ、武蔵の国をあてもなくさまよっていたところ、ちょっとした縁で地元の娘と知り合いました。
娘の父は「相手は都の貴族さまだ、遊び半分ですぐに飽きて捨てられるぞ」と心配しましたが、娘の母は「こんな田舎なのに、願ってもない良縁」と大喜び。娘の母は藤原氏の出身だったため、雅びな暮らしをしていた頃がなかなか忘れられないのでした。

娘に代わり、母はムカ男に張り切って歌を送ります。

みよし野のたのむの雁もひたぶるに君が方にぞよると鳴くなる
(田んぼの雁もあなたのことを想ってひたすら鳴いていますわ)

母の代作であることが丸わかりの歌に少しがっかりしたムカ男の返事は、

わが方によると鳴くなるみよし野のたのむの雁をいつか忘れん
(私を頼る雁のことを決して忘れませんよ)

あっさりしたものでした。
しかしまあ、都から離れても風流な心はどこまでも忘れないんですね。


娘どうした?娘おいてけぼりで話進行する?と心配してしまうくらい、お母さんが張りきった感のある段です。
今でこそこんな片田舎に引っ込んでいるけど、京の都で暮らしていたころはハデに遊び回ってましたのよ!我が娘にも、貴公子に言い寄られるお姫さま気分を味わわせてあげなきゃ!と意欲マックスな母親と、現実をわきまえた普通の身分の父親。
たのむの雁というのは、この場合は娘のこと。
これでは、娘本人の歌でもなく娘の立場になりきった歌でもなく、娘の売り込みに必死になっている母の図です。このお母さんはずいぶん気合い入れすぎて、本人になりきるのをうっかり忘れたようです。久しぶりに高貴な都人と手紙を交わすという、雅びな行為に夢中になってしまったのでしょうか。
一方、手紙を受け取ったムカ男は失笑するしかなかったかも。
別におしゃれな恋愛のやりとりを期待してたわけじゃないでしょうけど、返しの歌は社交辞令で普通に流した感じ。
このムカ男の良い所は、ここで『娘本人の歌を寄越さんかい』とごちゃごちゃ催促してないところです。
深入りすると、娘の母親を『あら積極的ね。見込みあるかも』とヘンに喜ばせてしまうから?
要は期待してなかったってことです。