鈴なり星

平安古典文学の現代語訳&枕草子二次創作小説のサイト

第2段 ムカ男、性格美人に手を出す

 

 

奈良から遷都したばかりのまだまだ人家まばらな京での話。
ムカ男は西の京の女のもとに通っていました。この女、容姿もさることながら気立てがとても良いいわゆる性格美人。女のもとに通う夫がいるらしいにもかかわらず、真面目なムカ男は熱心に通って口説いていました。
根負けした女は、とうとうムカ男と一夜を共にしました。
熱い思いが通じたあとは、「女の夫に悪い事したなあ」という後ろめたさと、逢う前にも増したせつない恋心がないまぜに、悩ましい波となってムカ男を襲います。
翌朝、春雨にけぶる空模様によせて、ムカ男は女にこんな後朝の歌を届けたのでした。


起きもせず寝もせで夜を明かしては春の物とてながめ暮らしつ
(起きていたのか寝ていたのか。夢のようにはかない一夜を過ごし、今朝は今朝で、春の長雨をぼんやりと眺めています…)


ムカ男が性格美人を口説く話です。
原文の、
”この京は人の家まだ定まらざりける時(遷都直後)に”
の一行で、第2段めのムカ男のモデルが業平ではなく、藤原氏の若公達だったんじゃないかと推測できます。業平は承和貞観の時代の人。ずっと後に生まれているからです。

ムカ男はさみしい西の京に住んでいる女を口説こうとしていました。なかなか美しく、そのうえ気立ても優しいらしい女です。
ここで疑問が生じます。
夫がいるのに他の男と深夜会ったりするのが、”気立ての良い性格美人”なのか?
後世ではそれを不倫と呼ぶよ?

この時代、男が複数の女のもとに通うことも、そのまた逆も、ごくごく普通のよくある話でした。人間少しでも上の暮らしがしたいもの。そのためには、たくさんの女、もしくは男と付き合って、良い相手を見つけたいと皆思っていました。夫が居ようが構わない時代。会いに来た男同士が、うっかりダブルブッキングさえしなきゃ無問題だったのです。

気立ての良い美人にまめまめしくアタックするムカ男。
ある時やっと”うち物語らいて”=親しくお話して、つまり口説き落とすのに成功し、思いを遂げることができました。
最後の歌は、春雨けぶる憂い顔の空模様とおのれの心理を掛け合わせ、それを見事に言い表した名歌中の名歌です。
物事を明言しない日本人らしくぼかした歌で、いろいろな意味にとれます。
”夢のような一夜は本当に在ったことなのか、それとも私の願望が見せた幻だったのか…”
とか、
”悩ましい夜が明けると、翌朝は私の心を映すような空模様…”
あるいは、
”幻のような一夜のあと、揺れる想いにぼんやりしています…”
または、
”一夜を過ごしたあとは、恋心がますます募ってしまう…”
ムカ男がため息ついて呆然と寝転がっていることは間違いないなさそうです。
心優しいこの女は他の男(夫)を立てつつ、ムカ男にも恥をかかせない振る舞いをしたのではないでしょうか。
完全に自分のモノにできない苦しみ、やるせなさがこの歌から伝わってきます。