鈴なり星

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第8段 浅間嶽にムカ男の消息を聞く

 

 

うーん?そんな美丈夫一行が私の足元を通り過ぎたかどうか、ちと記憶に残っとらんな。私の裾野を通る者はたいがい目にしているが、任国に向かう国守一行か地元民の猟師ばかりだ。
目の覚めるような美貌の貴公子とその一行にこの私が気づいていないということは、本当にここまで来たかどうかも怪しいものだな。正真正銘の帝のお孫さまが、世間のわずらわしさに耐えかねたとはいえ、はるばるこんな東の内陸部まで危険を冒して旅するかね。いかに勝手気ままな御仁だろうとも。

信濃なる浅間の嶽にたつ煙をちこち人の見やはとがめぬ
(浅間山に立つ噴煙の雄大さに誰もがおどろくように、私の邪(よこし)まな恋の炎もきっと誰もが見とがめるだろうな)

ほほう、それがその美丈夫の歌か。もうもうとした噴煙など見たこともないなまっちろい都人が、あまりのすさまじさに驚嘆したか。それとも噴煙の評判を聞いて歌の着想を得たか。
そうとも、この私も富士山に負けず劣らずド迫力で堂々たる姿だと自負しておるぞ。吐き出す噴煙も雄大そのものだ。裾野に広がる地域の者たちに私は神聖視され、噴煙はあの世とこの世をつなぎ、亡き人との橋渡しをすると言われているのだ。太古より畏れ敬われ、かつ親しまれてきたのだ。都人の貴公子にとっては腰を抜かすような景観でも、地元民にとっては見慣れた日常の風景。私の姿を題材にした民話も民謡もいくつもあるぞ。
『そんなに激しく思いつめると、浅間山の煙のように皆に知られてしまうよ』
たしかこういう意味の問答歌が、ここらの地方に伝わっていたはず。民謡に伝わる風景とおのれの心情を結びつけて、情緒あふれる新しい歌を作り出すなど、その貴公子すばらしい歌詠みではないか。