鈴なり星

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小夜衣22・今上、可憐な小夜衣にご執心

 

 

さてこちらは、対の御方(小夜衣の姫)にすっかり心惹かれてしまった今上です。
ずいぶん長い間ひと目を気にして、ふるまいに気を使っていた今上でしたが、最近はその気持ちも持て余し気味、抑えきれない恋心にイライラする毎日です。
あの人にもう一歩踏み込んだらどうなるだろう。私はそれが許される身分なのだから。だが、恋心と権力をちらつかせて、嫌がるものを無理にどうこうしたくはない。やはり、あの人も私と同じ気持ちになってもらいたい…
意外と純情な今上です。ですから、なんとか対の御方の気持ちがほぐれるような雰囲気をつくったり、冗談めかしてお話したりするのですが、ちょっとでも今上がお気持ちをほのめかすようなそぶりを見せると、言葉の意味がよくわからないと言うようにするりとかわしてしまい、とりつくしまもありません。
逃げれば追いたくなるもの。今上は、いよいよ募る恋心を、その辺に散らばっている手習いの中の歌にさりげなく紛れさせ、対の御方だけが気づくようにしました。


見る人も あやむばかりに 濡れにけり つつみかねたる しのびねの袖
(周りの人も気がつくほど、私の袖は涙で濡れていますよ。隠し切れないあなたへの恋心のせいでね)


「返事はいただけないのですか?」
その問いかけに困惑する対の御方。今上にしつこく胸中を告白されても、どうお返事すれば丸くおさまるのかまったくわかりません。ですから、ただ何事も気づかぬフリで過ごすよりほかないと思っています。ただ、いったん恋情を告白してからは、せきが切れたように、何かとスキを伺っては思慕を訴えてくる今上に、
「女御や周りの女房に、どう思われているのかしら…」
と憂鬱な対の御方です。
そのうえ、山里から連れてきたなじみの女房などが、
「東雲の宮さまが、先日尼君を訪ねて行かれたそうですよ。こんなお話をされたとか」
とこっそり耳打ちしてきて、
「ああ、とうとう宮さまに知られることになってしまったわ。どうしてこう世間の目って、隠し事を許してくれないのかしら」
とますます気が滅入る対の御方です。
(大勢の人と華やかに暮らしても、いつだって人の顔色を伺い、孤独を感じていたわ。ここに居ると自分がどんどんみじめになって行く気がする…。
もうこんな気詰まりばかりの後宮暮らしはいや。お父さまのお屋敷もいや。山里の家に帰りたい。懐かしい山里に戻りたい…)
山深い家にこもってしまいたくなった対の御方です。「尼君の病状が気になって…」とか何とか言い繕って戻ってしまおうか、など色々理由を考えていましたが、何も言い出せないまま、そのうちに十一月の新穀祭の季節になってしまいました。宮中は、五節の舞姫の奉納など、儀式の準備で何かとにぎやかな雰囲気です。
「あの山の家は手軽に行き来できるところではないし…。それに後宮に慣れてしまった女房たちは、ここを離れて、また寂しい暮らしなんてしたくないに決まってるわ」
なかばあきらめてしまった対の御方なのでした。