小夜衣
その後も、両親の目や関白家の監視がきびしい事もあり、東雲の宮は山里の家を訪ねることが出来ないのでした。けれど、お手紙だけは絶えず差し上げるので、山里の家でも、「来てくださらないとはいえ、愛情が途絶えたわけではなさそうですが、でも…」と気を揉…
さて、東雲の宮と関白家の二の姫とのめでたい婚礼に世間が大騒ぎしていた頃、ただ一人、女房である宰相の君だけが、小夜衣の姫のことを案じていました。(世間がこれだけ大騒ぎしているのだもの、来世までもと誓った殿方が、身分のつり合った権勢の家の姫と…
婚礼も間近ということで、両家は準備で大忙しです。大宮は、「今まで一度も先方へお手紙を差し上げていないなんて、どうしたことですか。早くお手紙を書きなさい」と息子を催促するのですが、まったく気の乗らない宮は聞く耳をもちません。母宮の小言を聞き…
「この話を山里の姫君が聞いたら、どれほど悲しまれることだろう…」そればかりが気になって、親たちとろくに話を進める気すらありません。「そんなに気がすすまないのかねえ」「でももう承諾してしまったのですもの。先方に今さら…」院と大宮はそう言いなが…
さて、この山里の姫君の現在の保護者にあたる尼君の素性を説明しておかねばなりません。この尼君は、先々代の三条帝の御治世に中将命婦と呼ばれていた人で、容貌も才能もたしなみも際立って優れていた女房だったため、当時は数多(あまた)の公達の恋心をと…
嵯峨野からの帰り道、兵部卿宮の頭の中といえば先ほどまで抱き寄せていた山里の姫君のことばかり。(五月雨にうつむいた真っ赤な撫子が、雨上がりの夕映えにきらきら輝いているようなみずみずしい姫君の姿…ああ、もっともっと見ていたかったな。今宵一夜逢え…
さて、宰相の君の首尾が気になる兵部卿宮は、自分もお見舞いに出向こうと、そぼ降る雨の中、嵯峨野へと出かけました。山里の家、すなわち雲林院の場所は今度はすぐに判ります。見覚えのある垣根には卯の花がまだ咲き残っていて、牛車を垣根のそばに停めると…
さて、こんな風に、鄙びた山里に住む姫の手紙ただ一枚にやきもきしている兵部卿宮でしたが、先帝の御子という主流の皇族のお血筋ゆえ、ぜひ我が娘にお声をかけていただきたいと熱望する公卿たちが、宮付きの女房はおろか、父院にも根回しの嘆願をするありさ…
さて、ちょうどその頃、兵部卿宮は嵯峨野を訪ねていました。宮の御乳母で三位の君という女房がいて、夫の大弐(大宰府次官)と共に筑紫に下っていましたが、夫の急死の後、尼になって、ここ嵯峨野で勤行生活をしていました。その御乳母が三月頃からふとした…
兵部卿宮も、自邸で悶々とする毎日です。「こんなにときめく恋は初めてだ。一度身の上を聞いただけなのに、頭から姫の面影(見たことないけど)が離れない。ああ早くお逢いしたいものだ。じれったいことよ」と来る日も来る日も宰相の君を責めていますが、返…
さて、女房たちのうわさ話を聞いて以来、兵部卿宮の考える事と言えば山里の姫君の事ばかり。どうにかして逢う機会を伺っています。そうこうしているうちに、姫と一緒に暮らしている祖母の尼君が体調を崩し、お見舞いに宰相の君が行くことになりました。「心…
いつの年も五月雨の季節といえば、降りやむことのない雨をうっとうしく感じるものですが、今年も同じく、連日のように降り続く雨で京の都はしっとりと薄闇に閉ざされたようです。兵部卿宮のお邸でも、宮の無聊を慰めるために、友人方が連日集まってなんだか…