鈴なり星

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小夜衣1・ハイスペック貴公子、気の毒な身の上の姫の存在を知る

 


いつの年も五月雨の季節といえば、降りやむことのない雨をうっとうしく感じるものですが、今年も同じく、連日のように降り続く雨で京の都はしっとりと薄闇に閉ざされたようです。兵部卿宮のお邸でも、宮の無聊を慰めるために、友人方が連日集まってなんだかんだとお遊びに耽っていましたが、今日は仲間の訪問もなく宮はすることがありません。退屈まぎれの読書も飽きてしまいました。

「ああ退屈だ。そうだ、中宮さまのところにお邪魔して、女房たちの相手でもしてこようか」
兵部卿宮は、里下がりしている姉君の中宮が、同じくつれづれを紛らわしかねていると思い、御前に参上しました。外の肌寒い雨模様とは対照的に、中宮のおられるお部屋は大勢の女房たちが碁や双六などをうっていて、とても華やかな空気に包まれています。
「うっとうしい雨続きで何もすることがありません。こちらで慰めてもらおうと思い参上致しました。どうぞお相手ください」
中宮の御前で碁をうっている二人の女房のそばに兵部卿宮が座ると、年若な二人は頬を赤く染めて碁をうつ手が自然と止まってしまいます。どうやら人気者で評判の兵部卿宮を前にして、すっかり気後れしている様子。声も出せないくらいあがっているようです。
少し離れたところでは、女房たちが集まってうわさ話に花を咲かせています。女三人寄れば何とやら、おまけに年かさの女房とくれば、情報交換の声も部屋中に響き渡る勢いというもの。
「按察使大納言さまは、このたび姫君を入内させるとか。ずいぶん気合いを入れてお付きの女房集めに奔走しておられるそうですよ。どれほど美しい姫君なのでしょうね」
と女房の一人が言います。
「あら、その姫君よりも本当はね、先妻腹の姫君の方がすばらしく美しいんですのよ。またとないほどの美貌の持ち主ですわ。お小さい時に母君が亡くなられて、今は尼となっているお祖母さまのもとへ預けられ、ひっそりと山深い里でお暮しになっているのですけれど」
と、同じく女房の宰相の君が返事します。
「お父上の大納言さまは、その姫君をほったらかしなの?」
「時々は様子を見に行っておられるそうですが、問題は今の北の方さま。ひどくいじわるな性質でいらして、その姫君のことを頑として受け入れようとはなさらないんですって。お怒りになったら手がつけられないらしく、大納言さまもそれが恐さに姫君をなかなか構って差し上げられないとか」
「それではいくらお美しい姫君でも先行き不安ですわねえ」
「先行き不安と申せば、先日…」
女房たちのうわさ話は尽きることなく、次から次へと話題が飛び出します。しかし、兵部卿宮のお耳をがっちりと掴んだのは先ほどの按察使大納言の姫君の話でした。
まれにみる美女が、鄙びた山里にひっそりと暮らしているらしい。継母に疎まれて、それはそれは心細い毎日だとか。
なんとまあおいたわしいことではないか。そんな寂しいお暮らしをぜひぜひ慰めてさしあげたい、いや、この私が慰めなくて何とする…
兵部卿宮はその姫君にたいそう惹かれました。
「お気の毒な話じゃないか宰相の君。幼いときに母君に死に別れ、実の父君にも忘れられがちな薄幸の姫君。その山里の姫に一度お逢いして、ぜひともお力になって差し上げたい。何とかして都合をつけてくれないか」
早くも手引きを頼む兵部卿宮。取次ぎを頼まれた宰相の君は、
(確かに、いくら稀にみる美貌の姫君でも、どの殿方にも知られず埋もれたままでは価値もなし、というもの。それに、この兵部卿宮にふさわしい美貌の姫といえば、あの姫君以外にないかも。でもねえ、身分もお暮らしぶりもあまりに違うし、単なる気紛れな遊び相手で終わってしまったら、姫君がますますお気の毒だわ)
色よい返事をためらっている宰相の君ですが、宮はといえば、「これこそ私の運命が与えたもうた山里の姫君」などと、早くも浮かれ始めているのでした。


この兵部卿宮の父上は、先の帝であられた冷泉院と申しまして、当帝の御兄君であられます。御子さまはお二人、その内のお一人は当帝の中宮であらせられ、その弟宮がこの物語の主人公である兵部卿宮であります。
御年十八で当代きっての評判の貴公子。出自よし美貌よし、学問よし楽才よしの三拍子も四拍子もそろったすばらしい宮で、世間では、「まるで仏が末法の世に降臨したのではないか」と大変なもてはやしぶり。
父院や母大宮などは、息子の姿が少しでも見えないと大騒ぎ、お忍び歩きの夜などは寝ずにお帰りを待つ始末。あげくの果てには、日の光からも月の光からもかばってやりたくなるほどの、つまりかなりの過保護ぶり。宮はそんなご両親の愛情が居心地悪く、はっきり申してかなりの重荷になっている様子です。