鈴なり星

平安古典文学の現代語訳&枕草子二次創作小説のサイト

第17段 ムカ男、桜花を愛でる

 



何年も訪ねて来なかった人が、桜の花が真っ盛りの時期にふいに桜を見にやってきましたので、その家の主人が歌を詠みかけました。

あだなりと名にこそたてれ桜花年にまれなる人も待ちけり
(つれなく散って行く桜の花も、めったに来ないあなたのことをけなげに待っていました)

訪問者の返事は、

けふ来ずはあすは雪とぞふりなまし消えずはありとも花と見まし
(今日来なかったら明日にはきっと雪のように散ってしまうでしょう。いや雪と違って残りはするけど桜としては見れないでしょう?)


「昔」から始まらない珍しい段です。しかも「年ごろおとづれざりける」何年も顔を見せない、と言いながら、歌では「年にまれなる」一年のうちめったに顔を見せないと言っています。きっと写本するときに写し間違えたんでしょう。写本するとき「昔」を書き忘れ、「年ごろ」は「月ごろ」の写し間違いで、「何か月も訪ねてこなかった人が」が正解だと勝手に思っています。

これを読んだ時「BL、ソフトBLだ、今市子の世界だ」と歓喜したものです。恋愛未満の仲良しな男性二人の軽口のたたき合い。そんなワンシーンしか思い浮かびません。

めったに行かない屋敷に久しぶりに男が出向いて行ったある春の日。訪問者がムカ男なのか屋敷の主人がムカ男なのか、それはもうどっちでもいい。恋愛未満な二人の薄めイチャコラなニュアンスが伝わればそれでいいのです。

「やあ久しぶり。桜に誘われてやって来たよ。元気?」
「おや珍しい。つれなく散ってゆく桜も、君が来るのをけなげにも待っていたと見える。めったに来ない君を、盛りの姿で待ち続けていたんだからねえ」
「ははは。そうだな。明日来たって興ざめになりそうだからな。今夜の一晩で吹雪のように散ってしまったら、木の方は見るかげも無くなってしまうだろ?」
そのあと桜を見ながら二人だけの酒盛りが始まる、と。
簀子の上に座して、ほろほろと酒を飲む二人。
酒の肴は、枝からこぼれ散る桜の花びら。
桜を愛でつつ、いつしか甘めな雰囲気になって。
「今日、おまえが来てよかった」「ばか」
もう夢枕獏『陰陽師・さしむかいの女』とかの世界がそのまんま始まってもなんら違和感ない。
短い段はいろんな想像ふくらみます。いいぞもっとやれ。