鈴なり星

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第13段 ムカ男、二股かけを白状する 

 

 

ムカ男は、京からはるばる東国へ下り、武蔵国に滞在していました。
彼は京の都に妻を置いたままでした。
ある日ムカ男はその妻のもとへ手紙を送りました。
表書きに『むさしあぶみ』とあり、手紙には、
『言うのも恥ずかしいことだが、正直に言わないと、そなたに隠し立てしているようで…』
と書かれています。
それ以降、ムカ男からは何の音沙汰もなくなってしまいました。
鐙(あぶみ)というのは、鞍に取り付け、乗る人の左右の足を踏みかけておく馬具のひとつ。早い話が、武蔵の国で愛人ができたと暗に白状した手紙だったのです。馬上の私の左足には妻、右足には愛人…そうほのめかした手紙でした。
しばらくして、ムカ男のもとに京の妻から手紙がきました。

むさしあぶみさすがにかけて頼むにはとはぬもつらしとふもうるさし
(あなたのことを心にかけ頼りにしている私としては、お便りがないのはつらいですが、私以外の女のかげが見え隠れしているお便りを頂くのも、浮気を聞かされているようでわずらわしいのです)

それを見たムカ男は、

とへばいふとはねば恨む武蔵鐙かかる折にや人は死ぬらむ
(便りをすればわずらわしいと言われ、便りをしなきゃつらいと恨まれ。こんな時に人は迷って死ぬのだろうか)

と、やるせない気持になったとか。


13段は、都に置いてきた愛妻と現地妻のはざまで揺れる男心の話です。
気を使いながら苦しい胸の内を打ち明けた旦那さんと、「はぁ?わざわざ知らせるぅ?」とあきれてる奥さんみたい。このまま夫婦喧嘩に発展していくと思いきや、浮気したムカ男をなじりもせず放置もせず、モヤモヤしたままお話は終わります。

平安時代、武蔵国では特産品として鐙(あぶみ)が作られていました。
『あぶみ』は当時二股を連想させるワード。
まずムカ男が『むさしあぶみ』という言葉を使って、
「京にそなた、武蔵国に愛人」
と現地妻の存在をほのめかします。その後京の妻は、『あぶみ』の縁語『さすが』を掛けて返歌。さすが(刺鉄)はあぶみに取り付ける金具の一種で、この金具と「そうは言ってもあなたのことをいつも心にかけ、気にしている私」という心情を掛けています。教養があって頭の回転も良く、気の利いた返しのできる妻なのでしょう。

単身赴任の貴族は現地妻を持つ事が多かったのでしょうか。
妻が都に残る場合、国守などは現地で身の回りの世話をする女が必要だったし、その女が美しければ、国守の夜伽の相手に召されたりしたでしょう。国守は県知事みたいなもので、美女が国守の寵愛を受ければ、その女の一族は何かと便宜を図ってもらえます。
そんな現地の事情を、京の妻はとやかく言うもんじゃないと心得ていると思われます。なぜなら現地妻は京の妻より身分が格段に下。身分が格下ならば、この時代の女は意外と平気なのです。
ムカ男は国守のようなえらい立場ではありませんから、まあ純粋に僻地のさみしさを埋めてくれる女が欲しかったんでしょう。で、さみしさを紛らわせてくれる女ができたはいいが、京で留守を守ってくれる妻に申し訳なく、それで手紙を送ったのです。
正直に打ち明け誠意を見せたムカ男、とても立派。

これに対し京の妻の手紙の返歌は、
”便りのないのもつらいし、かといってあなたの日常に女がちらつくのがつらくてわずらわしいの”
と素直な心情を詠んでいます。

ムカ男はこれに対してどう思ったのか。
「もうちょっと俺を立てて尊重して、もうちょっと包容力を見せてほしかった」んじゃないか、と思っています。
結果、京の妻に甘えてみたムカ男はするりとかわされてしまいます。自分の欲しい言葉を書いてくれなかった妻にちょっと逆ギレ。ムカ男、かわゆくすねる妻でも見たかったんでしょうか。