鈴なり星

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第14段 蚕カップルになりたい女とムカ男の恋話

 

 

ムカ男が武蔵の国のはるか奥、陸奥の国に出かけました。
特に目的もない旅でしたが、たどり着いた土地で、ムカ男はそこに住むひとりの女にものすごく惚れられてしまいました。京の都の見慣れないお洒落な貴族を、女が大変めずらしく感じたからです。
積極的な彼女はムカ男に歌を贈りました。

なかなかに恋に死なずは桑子にぞなるべかりける玉の緒ばかり
(生半可に恋焦がれて死んでしまうくらいなら、命が短くても良い、カイコになればよかった)

土地の女に田舎じみた言い回しの歌を贈られたムカ男はうんざりしましたが、雅びを知らない女も素朴でいいじゃないか、と多少いじらしく思われましたので、夜更けに女のもとへ行って、一晩過ごしました。
夜が明けるにはまだ時間があるにもかかわらず、いろんな意味で女に落胆したムカ男は早々に帰ってしまいました。女は地団駄踏んで、

夜も明けばきつにはめなでくたかけのまだきに鳴きてせなをやりつる
(夜が明けたらあのニワトリ水槽に放り込んでやる。早く鳴きすぎて愛しい男がさっさと帰っちまったじゃないか)

と歌を寄越しました。ムカ男は、
「都へ戻ることにしましたから。

栗原のあれはの松の人ならば都のつとにいざといはましを
(有名な姉歯の松が人であったなら都へのみやげに一緒に帰りましょうと誘うのですが。あなたはこの土地の人ですから連れて帰ることはできませんね)」

と返したところ、女はとても喜んで、
「あの方ったら私のことを姉歯の松みたいに魅力的ですって。私のことをとっても好いてくれてるんだわ」
そう満足していたそうです。


14段です。東下りも段を重ねるにしたがって、女もどんどん田舎くさいのが登場です。
見た目、所作、先に女が歌を寄越す不躾さ、それも蚕(かいこ)に例えるなんて。
羽化後わずか一週間の命の蚕は羽化直後から交尾に励むのですが、交尾を延々と続ける様子が「雌雄仲むつまじい」に例えられるのです。
ムカ男、危機感持ったんじゃないでしょうか。
「京から離れて幾歳月、自分自身も気づかないうちどんどん野暮ったくなったらどうしよう。環境が人を作るって言うし。田舎の空気が身に染み付かないうちに都に戻ろうかな」
そう思い始めても不思議じゃありません。

女の歌は、ムカ男ひとすじの純情さが伝わる良い歌です。
「中途半端に恋焦がれるくらいなら、夫婦仲良しのお蚕さんになりたいもんだわ。命短し恋せよ乙女っていうもんね」
歌を見て、仲良く絡んだ虫夫婦を想像するムカ男の心情はいかばかりか。

ところが意外にも、超イケメン貴族にビビらない女からのアタックに心を動かされたムカ男。
恋の手順を知らない女の純朴さに食指が動いたのです。
女からの歌どおり、一晩だけ仲良し蚕カップルになってみたのです。
けれど雰囲気も具合も好みじゃなかったんでしょう。ムカ男は「ニワトリの声が聞こえた」とかごまかして早々に帰ってしまいました。

その言い訳を真に受けて、ニワトリをののしる歌を後朝の手紙に送る女。女の方から後朝の歌を先に送る、それもかなり田舎臭い歌を。
その無作法さにムカ男は完全に興ざめです。
ムカ男は返事に、
「君には姉歯の松のような魅力は全然ないから、都に連れて行く気なんてないよ」と冷たい裏読みができる歌を送りましたが、裏を読み取ることのできない彼女は大喜びなのでした。

京都人独特のイケズ精神が通じないくらい遠くまでやってきたのか俺は…まじでやばいかも、とメチャクチャ郷愁に駆られたことでしょう。