鈴なり星

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第15段 ムカ男、陸奥の雰囲気美人に手を出す

 

 

ムカ男は、陸奥国でごく普通の人の妻のもとに通っていたのですが、その妻は、こんな辺鄙な土地には不釣合いなほど風情のある女でしたので、ムカ男は不思議に思って、

しのぶ山忍びて通ふ道もがな人の心のおくも見るべく
(近くにあるしのぶ山の名のように、こっそり忍んで通える道があればいいのにな。あなたの心の奥を見るために)

と歌を贈りました。
受け取った女は、そんな風に思ってくれる『男』の気持をうれしく思いましたが、うれしいと感じた素直な気持を、『浅はかですぐ喜ぶ、単純でつまらない女』などとさげすまれたらいやだわ、と怖れて返事もできないのでした。


第15段は東下りの最後の段。女性トラブルから人生の挫折を味わい、知らない土地をさすらった旅もようやく最終段。前段の桑子の女が道化じみた話なのに対し、今回は雰囲気美人とのやりとりです。

田舎の女もいろいろ。母親が目の色変えて娘に逢わせようと張り切ることもあったし、熱血アタックしてくる女もあれば、雰囲気美人なのに自信なくてくよくよする女。
今回ムカ男はこの雰囲気美人に魅了されたようです。おそらくたたずまいや話し方に美人オーラが漂っていたのでしょう。ムカ男のツボにはまる、まあまあ上品な立ち居振る舞いの女だったのです。
田舎って、自分の感情ばかり押し付けてくる女たちばかりだと思っていたのに、この女は中々…とうれしくなったムカ男。「ただの平凡な夫がいるとは思えない。彼女のことがもっと知りたい」と、久々に恋のハンター気分です。

君の心の中に忍び込める秘密の道があればいいのに…と問いかける歌を送ったムカ男。
けれど雰囲気美人は戸惑いました。
「うれしいけど、素直に喜んだら田舎者丸出しだってガッカリされるのよね。ああそんなのいやだわ。どうしよう」
としり込みしているうちに、何となく返事の有効時間切れになってしまいました。
ムカ男は気の利いた返歌もなかった女に対して落胆しました。やはり京の都でないと風流な恋愛の機微は楽しめないのだ、と意気消沈です。京に帰ろうという思いにいっそう拍車がかかったことでしょう。

ここでムカ男と雰囲気美人とが、対等のやり取りをしなかったことに大きな意味があると思っています。なぜなら、ムカ男と東国の女が対等の歌を交わし合い始めた時、それはムカ男が都の文化の香りを忘れ始めたことを意味すると思うからです。それは絶対あってはならないこと。どの段にも田舎女を適当にあしらっている差別感があり、この時代に都人と田舎人の『対等』はありえないのです。

こうして東国のいろいろな女にちょっかいを出しながら、ムカ男の恋愛紀行は終わるのですが、ムカ男の失恋の痛手は癒されたのでしょうか。
今まで知らなかったタイプの女たちを相手にできて、荒療治というか、けっこう発散できたかもしれないし、都の女が一番だと改めて実感したのかもしれないし、なんにせよ、ムカ男は東国をさすらう前よりいっそう寛容で器の大きい、人間味豊かな人物になったことでしょう。