鈴なり星

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古今著聞集・興言利口8 540~542段

 

 

540段 七条院の女房権大夫、孝道と歌の贈答をする事

高倉院妃だった七条院に仕えた女房・権大夫の話。
彼女は歌人建礼門院右京大夫の姪にあたり、その歌才を受け継いだ宮廷女流歌人・七条権大夫として評判だった。
『秋きぬと松吹く風もしらせけりかならず荻のうは葉ならねど
(秋の到来を告げるものは荻の上葉(うわ葉)と決まっているけど、松葉を揺らす風だって知らせてくれるわよね)』
は、新古今にも精選された秀歌だ。
この権大夫に、女院の北面武士だった藤原孝道朝臣が詠みかけた歌がある。孝道は、(古今著聞集編者)橘成季の琵琶の師匠・孝時の父である。その孝道が院の寝殿の御格子を下ろしに回っている時、権大夫に歌を詠みかけたらしい。
残念なことに、詠みかけた歌も権大夫の返歌も残っていない。
孝道は自分の鼻が大きいことをかけた歌を、それに対して権大夫は自分の頭が大きいことをかけた返歌で応酬したそうな。
洒落やユーモアに富んだ和歌のやりとりだったかと想像すると楽しくなる。


541段 七条院女房たちの機知に富んだ言葉のやりとりの事

この七条院には、なかなかユニークな女房が多く揃っていたらしい。そんな女房仲間の備後の君と越前の君の話。
備後の君は典薬頭・和気時成の娘で、越前の君は仏師運慶の娘だ。ある時、越前のおでこにちょっとしたできものが出てしまった。越前は朋輩の備後に、
「このおでき、診てくれない?あなたお父さまがエライお医者さまなのだから、ちょっと診断してみてよ」
と相談した。備後は越前の髪を掻き分けたおでこをじっと見、
「ううーん、これは大変。もしそのおできが(仏さまの眉間にあるという)白毫(びゃくごう)だったら、とても手に負えるモノじゃないわねえ」
と笑った。医師の娘と仏師の娘ならではの軽いやり取り。この仲良しコンビ、こんな風にかけ合い漫才のノリでいつも冗談ばかり言ってふざけあっていたらしい。
蓮尊房という僧の娘・尾張の君も、なかなかシャレのわかる大喜利女房だった。ある年の元日、時成の娘の備後に、
「めぐり合うのが難しいのは(真の)友なり。で、ここ一番というところで逃してしまうのが時(チャンス)なり、と申しますわね」
とつぶやいた。備後は、
「待ちに待った早春がやってくれば、楽しむべきは今その時なり、とも言いますものねえ」
と返した。「時」と備後の父「時成」とかけたのだ。
この尾張がちょっとした咳病(がい病)にかかったことがあった。
備後がお見舞いにやって来た。
「体調がよくないと聞いてね。お具合いかが」
「げほげほ。餓鬼病(がき病)にかかってしまって」
「ならば貧相子(ひんそうじ)の実を煎じて飲めばよろしくてよ」
がい病をがき病ともじり、餓鬼のような貧相さで空腹が満たされないのなら、健胃整腸作用のある檳椰子(びんろうじ)の実のお茶を飲めば良いと答えるインテリな二人。
こんな楽しい日常会話がはずむ七条院は、さぞかし明るい雰囲気だったろう。


542段 七条院の屁ひり判官に孝道が治療法を伝授する事

同じ七条院に「屁ひりの判官」というあだ名の臣下がいた。
この判官、後に宮内省大輔に昇進したというから、そこそこ仕事のこなせる人物だと思われるのだが、何しろこのあだ名は情けなさすぎる。どんな経緯があったかは知らないが、幼かった判官を女院が不憫に思い、以来ずっと召抱えているという。その判官が立っては放屁、座っては放屁、とにかく何か動くたびにオナラを出すのだ。一種の自律神経失調なのだろうが、ずっと昔からのことなので、主人の女院以下、屋敷の者たちは皆慣れっこになっていた。今さらからかう者はいなかった。
この女院の御前に前述の藤原孝道朝臣が上がっていた時、女院はちょっとした悪戯を思いついた。判官を呼んで、
「あれに控えておる者(孝道)は、そなたの長年のシモの悩みの治療法を存じておるとか。尋ねてみるとよい」
と言ってやった。孝道は下ネタをそれほど好まない事を女院は知っていたので、どんな反応をするか興味を持ったのだ。判官は、
「初対面のお方にそのような悩みを申し上げるのは…」
としり込みしている。
「遠慮は無用。包み隠さず相談するとよろしい」
女院の言葉に励まされ、判官は孝道朝臣のところにそそくさと近寄り、
「突然の非礼をお許しください。実は私、長年にわたり困り果てている悩み事がございまして。あなたさまが良い治療法をご存知だとうかがい、無礼を承知でご相談に上がりました」
孝道はびっくり。
「何事でしょうか。この私にわかることでしたら」
判官はしばらくもじもじしていたが、やがて意を決し、
「オナラ、そうオナラのことなのです。とにかく何か体を動かすたびに勝手にオナラが出てしまうのです。無意識に出てしまうのです。ですからかしこまった行事の席などとても勤められません。どうすればよいでしょうか」
そう打ち明けた。孝道は、
(こいつオレのことをからかっているのか?阿呆くさい下ネタで。ようしそれなら)
と思い、
「なあにたやすいことですよ。今は良い薬もございますしお灸だって十分効きます。もし薬だのお灸だので金をかけたくないとおっしゃるのでしたら、もっと簡単な方法だってございます。
ご自分のお部屋で、下腹に神経を集中し、ここ一番の力を込めて、こくべし!こくべし!こくべし!ひたすら練習するのです。力いっぱいいきんだ時だけ出す練習を積んでおれば、ハレの行事の席ではいきむわけには参りませんし、自然とオナラは出なくなるんじゃないですか?
とにかく実践あるのみですよ。一人でいるときに力いっぱいいきんで出し尽くせば良いと思いますね」
とテキトーに答えてやったところ、
「なんと簡単な治療法でしょう。ありがとうございます。ああうれしい。さっそく今日から練習することにします」
判官は喜んで、自分の部屋に戻っていった。
練習の成果はすぐに現れた。判官はいきんで放屁するのがすっかりクセになり、下腹にわずかに力を入れただけで、ますますオナラが止まらなくなってしまったのだった。