鈴なり星

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小夜衣14・冷淡な背の君の仕打ちに

 


毎日が憂鬱でならない東雲の宮は、どうしても新妻である二の姫につれない態度に出てしまうのでした。親の顔だけを立てた、その程度の妻…関白家の二の姫をそんな扱いにしてしまうのは失礼極まりないことなのに、今の宮にとって二の姫はとてもうっとうしい相手。両家の親へ気兼ねするのも面倒で、言えない不満もたまる一方だったのです。
気の毒なのは二の姫です。冷淡なふるまいしか見せない夫に、
「こんな冷たい態度なのは、みんな私がいたらぬせいなのかしら。身分のいい者は、すべて心ひとつに納めて我慢するというものらしいけれど、私は…」
と嘆いて、東雲の宮が婚家の関白邸を訪ねても、対面を渋るようになってしまいました。宮は宮で、いやだいやだと思いつつ来訪し、姫は姫で情けない思いはしたくないと対面を拒否。こんな堂々巡りが続き、新婚の夫婦はますます疎遠になってゆくのでした。
「ずいぶんな扱われようですね。わが身のつたなさが思い知らされますよ。まあ、対面する気にもなれない夫の顔なぞ、もうお忘れになっていらっしゃるかもしれませんがね。それでも足繁く妻の家に通う私の愛情は、全ての人が察してくださるでしょう」
たまに対面すると、そんないやみを言ってしまう東雲の宮。見ると妻の二の姫は、薄くしなやかな紅の打ち衣十五枚ほどに紫苑色の御衣、萩襲の小袿に葡萄色の極上の唐衣を華やかに着こなしてらして、いかにも後見のしっかりした上流階級のお姫様ぶりです。山里の家でくたくたに萎えた衣裳を着た我が恋人とは、比較にならないくらいの豪華さなのでした。
二の姫は東雲の宮より二つほど年上ですので、宮が気後れしてしまうような気高さがあり、女性としても今が盛りの華やかさでしたので、宮も、
「欠点のない人とは、こういう女性を言うのだろうなあ。本来ならば、何も不満なぞあるはずないのに、私の態度がつれなさすぎて、夫婦仲がこんなにこじれてしまった…」
とよくわかってはいるのですが、その一方で小夜衣の姫の、触れなば落ちん風情、清楚でいじらしく、どこまでも柔らかな物腰の、あの可憐さを思い出して仕方ないのでした。心に思い浮かべるだけで涙がこぼれそうになるのですが、誰かに見咎められてはと、こらえなければなりません。けれど、おのれの心をごまかして取り繕い続けるのも苦しいこと。東雲の宮は次第に自邸にこもりがちになり、毎日が憂鬱になり…こんな悪循環が、もう長いこと続いているのでした。
二の姫の父である関白は、なんとなく溝のできてしまった我が娘夫婦が心配でなりません。けれど、白鳥が舞い降りたかのような美しい背の君の姿を見るにつけ、
「まれなお越しは確かに恨めしいが、このようなすばらしいお方を娘の婿とお呼びしてかしづくのは、娘を持つ親として果報者だと言えよう」
と不満も忘れ、東雲の宮をあれこれとお世話するのでした。




一方、山里の方でも、東雲の宮からの近況を知らせるお手紙は絶えることなく続いていますが、宮自身が山里に来るのはごくごくまれになってしまいました。お仕えする女房たちが、
「だから殿方の甘い言葉なんて当てにできないのよ」
と陰で言い合っているのを聞いて、小夜衣の姫はつらくてなりません。
誰のせいでもなく自分のせいで、独り寝の衣を涙で濡らして、涙で衣も枕も浮かんでしまいそう。姫は、
「人を苦しい思いにさせるのは、やはり人なのだわ。幼い頃より母に死に別れ、世捨て人同然のお祖母さまを頼りにして、どうにかここまで生きてきて…退屈でわびしい年月だったけれど、悲しくはなかった。
けれど、つれない人を好きになって初めて、心底この世をつらく哀しいものだと感じるようになってしまった…」
と嘆きます。それは、宮のつれなさがどうのこうのではなく、自分が安心して身を置ける場所がこの世にないのかも、という絶望感なのでした。
追い打ちをかけるような秋のもの寂しい風が、萩の花を揺らして通り過ぎてゆきます。心細さは例えようもありません。

萩の葉の 風さへ今は つらきかな こととふ人も たえし軒端に
(萩のやさしい上風さえ今はつらく感じる。訪ねて来る人もいない宿に住む私には…)

ともの思いに沈んで過ごしていると、秋の夕暮れの茜色に染まる景色が目の前に広がり、木の葉を散らす風の音がどうしようもなくもの悲しいので、小夜衣の姫は、おのれの身の上や来し方行く末を思いやられて、いつまでもそのまま端近で外を見つめているのでした。もの思いにふける姫は、それはそれは清楚で美しく、白い御衣にはらりと寄りかかってる髪のしなやかさなど、乳母などはつくづく見つめて、
「なんて見事なことでしょうね。今をときめく関白殿のお姫様だって、とてもうちの姫さまには叶いっこありませんよ」
とため息をつきます。乳母のつぶやきをそばで聞いていた右近という女房が、
「あら、関白家の二の姫は美しさはほどほど、たいしたことないと聞いていますわ。だからこそ東雲の宮さまも期待はずれ、自分にふさわしい妻ではなかったとがっかりされているのでは?
おまけに婚家の監視の目がきびしくて、なかなかこちらへ来られないというんじゃ、宮さまもお気の毒ですよ」
と答えます。他の女房たちも、
「でも宮さまの仕打ちはひどいわよね。うちの姫さまにだって、最初っからもの思いさせ続け。ものの数にも入らない身分のわたしたちだけど、ちょっと文句の一つも言いたくなるわよね」
と口々に言い合っています。女房たちの罵りあいを聞いて、小夜衣の姫は顔から火がでるほど恥ずかしく、耳をふさいだまま奥に引っ込んでしまったのでした。