鈴なり星

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無名草子3・源氏物語に登場する女君たちの品定め

 

 

中務
まずは『源氏物語』よ。今さらだけどほめる言葉しかでてこないわね。よくもまあ、こんな物語を作ってくれたものだと思うわ。神か仏が憑依したとしか思えないくらいね。『源氏』以前はあっても、『源氏』以後はなくなっちゃたと言っても言い過ぎじゃないわ。亜流の物語ばっかりで、どの作者も『源氏』の呪縛から逃れていないみたいだし。
まあ、わたしたち読者が、『源氏』的なものの新作を求めちゃってるのも、事実なんだけど。
でもこのお話のおかげで、日々のつれづれがどれほど華やいだものになってるかということを考えたら、いくら感謝しても、し足りないわね。

 

右近
わたしまだそのお話見てないのよ、聞かせて。

 

少納言
あんたこれ読まないで今まで暮らしてきたの?よく目にも耳にも触れずにやって来れたわねえ。受領一家が遠国に渡る時だって全巻写本していくご時世よ?

 

小侍従
あんまり身近にありすぎて、かえって実物を見てないってことはよくあることだわ。右近の君もいい機会だわ。尼君さまにこの際、洗いざらい全部語っていただきましょうよ。



こういう時は、まず一度ご辞退申し上げるってのが作法で、「まあそうおっしゃらずに」と言われて「そうですか、では」と謙遜しながら切り出すってのが昔からのしきたりなのよ。実際、手元に写本がなかったけど、若いときから何千回となく読み倒してきた『源氏』。どこを突っ込まれても批評できるわ!


中務
尼君さまは、どの巻が一番すばらしいとお思いですの?



またずいぶんとフワッとしたとこから入って来たわねぇ。


老尼
そうですねえ。『桐壺』『夕顔』『葵』『御法』などは、人の死の悲しみをとても優美に描いていて、本当に『あはれ』を誘います。
一方で、『紅葉賀』『花宴』『賢木』『蓬生』『野分』などは、人の動きや情景描写と自然の美しさが融合して、えもいわれぬ艶があります。
しかし何と言っても一番のクライマックスは、『帚木』『若菜』ですわ。多くの登場人物の心理描写を見事に書き分け、ストーリー的に破綻せずに全ての読者を感動させられるなんて、『源氏』以前も以後もありません。全巻通しての見どころといえば、やはりこれに尽きるでしょう。

 

小侍従
では尼君さまは、どの女性に一番心惹かれますか?

 

老尼
やはりわたしは、すぐれた心ばえの方に惹かれます。桐壺の更衣や藤壺の宮、紫の上は言うまでもありません。葵の上も彼女なりにせいいっぱいの心遣いをしていますし、明石の上も忍従の日々を思えば胸が痛くなります。

 

少納言
艶やか、といえば朧月夜の尚侍ね。身の破滅がわかっているのに、男の方が求めずにはいられないってヤツ?奔放よねえ。心の強い人、といえば槿の宮と空蝉の君ね。でも同じ心の強さを描いても、身分の高い方は意志が強いっって感じを受けるけど、身分の低い空蝉なんかは強情だなって思うのよ。だから、強情張ったくせに老後に源氏邸で安隠に暮らしてるのが、どうも気にいらないのね。

 

小侍従
空蝉は身も心も許さなかったのかしら、それとも心だけは許していたのかしら。

 

少納言
さあね。でも迫られて拒否したくせに、心はあなたのものなんて、そんなのアリ?ある意味倒錯よ。ああでもそれで言ったら、宇治の大姫は空蝉といい勝負してるわ。考えてばっかで不行動。そして自滅。

 

右近
いろんな女性のタイプが登場するのね。

 

少納言
まだいるわよ。花散里。ルックスは三流だけど、こころばえで源氏の君の心をつかんだの。理想の家庭婦人ってことで、源氏の息子の夕霧の養育を任せられたのよ。天は二物を与えずよね。今の時代、美しさは何にも勝る徳なのに。美しいから優しい、賢い、前世がすごいとかね。現実に反するキャラ?あと容姿も性格も三流以下だけど、『待てる』っていう人物特性だけで源氏の君を感動させた人に末摘花って人がいるし。

 

中務
六条の御息所はプライド高すぎて自滅するのよね。でもある意味うらやましいわ。その美しさとキョーレツな性格で、後世の芸能に名を残すらしいじゃない?でも娘の秋好中宮、あれはイヤ。身分はすんごく高いけど、才色兼備のお母さんに比べて凡々ちゃんよ?どういうこと?おそれおおくもお父さんの東宮さまが凡人だったってこと?あの人のくだりを読んでたら、身分が高いっていうだけで、どうして源氏の君があれほど執拗な迫り方するんだろうって、腹が立つのよ。まあ、身分と美しさが今の時代、全てなわけなんだけど。

 

小侍従
玉鬘、わたし好きよ。人生の前半部分はずいぶん苦労したけど、その苦労さが、光を当てられて以降全てプラスになってるわ。しのぎをけずる求婚の嵐も、源氏の君のよこしまな誘惑も、とてもナチュラルにやり過ごしていて、好感がもてるわ~。